第14話 悪事の才能がない女

「青山さん!? また君なの!? 本当、いい加減にしてよ!」

「自分から出てくるとはいい度胸だ。オレを騙して利用した分も含めて、きっちり礼をしてやるぜ」


 ボキボキと拳を鳴らして真姫が絵里に向かっていく。


「ちょっと、勘違いしないでよ。あたしが犯人だったらわざわざ名乗り出るわけないでしょ!」


 確かにその通りだ。

 隠しカメラの映像に映っていたのも別の人物である。


「じゃあ、なんでお前がオレの靴持ってんだよ!」

「たまたまよ。知らない女子が半田さんの靴を持っていく所を見かけたから、後をつけてわざわざゴミ箱から拾ってきてあげたの。それなのに、犯人扱いなんて酷いんじゃない?」


 むっとした顔で絵里が言ってくる。


「本当かよ」

「日頃の行いが悪いんだから疑われても仕方ないと思うけど!」


 そんなことを言われても、風太は感謝する気にはなれなかった。


 絵里の事だ。隠しカメラを警戒して、適当な相手をたきつけてやらせたという可能性もある。


「その話が本当だとしても、犯人をシメる必要はあると思いますが?」

「そ、それはそうだけど。とにかく、私は良い事をしたんだから、少しくらい感謝してもいいんじゃないって話!」


 風太はそうは思わなかった。

 これまでの絵里の所業を考えれば、その話が本当でもお礼を言う筋合いはない気がする。


 けれど椿がお礼を言ったので、仕方なくそれに習った。


「けれど、不思議ですね。絵里さんは私の事を嫌いなんだと思っていましたが」

「オレの事だって役立たずとか裏切者とか言って恨んでただろ」

「あたしが間違ってたわ。反省して、心を入れ替えることにしたの。それでお詫びにクッキーを焼いてきたのよ。渡そうと思って待ってたの」


 そう言って、絵里は綺麗にラッピングされた小さな袋を三つ取り出した。

 意地悪な顔は、何かを期待するようにそわそわしている。


「すっごく怪しい」

「えっ!」


 風太がジト目で見つめると、絵里はあからさまに慌てた。


「毒でも入ってるんじゃねぇだろうな」

「そそそ、そんなわけナイデショ!?」


 真姫が言うと、絵里は一層慌てて挙動不審になった。


 やっぱりなにか入ってるんだ!

 もう、本当にこいつは!

 風太は呆れ果てた。


 そこまで行くともはや犯罪だ。


 なのに椿は絵里をかばった。


「流石に絵里さんだってそこまではしないでしょう。ねぇ、絵里さん?」

「そ、そうよ!? 毒なんかいれるわけないじゃない!?」


 風太達がなんで庇うの!? という顔をすると、椿は悪戯っぽく片目を瞑った。


「私は絵里さんを信じます。だって、お友達ですから」

「そうよそうよ! あたし達はお友達なの! これは友情の証なの! 仲直りの印なの! 何も言わずに受け取るのが礼儀ってものじゃない!」

「もちろんです」


 ニッコリ笑顔で受け取ると、椿は袋を開いて匂いを嗅いだ。

 途端に絵里の顔が引きつった。


「なんだか個性的な香りのするクッキーですね」

「そ、そうかしら? あたしは普通だと思うけど……。と、とにかく一つ食べなさいよ!」

「お気持ちは嬉しいのですが、学校でお菓子を食べるのはどうなのかなと」


 わざとらしい椿の態度で風太も気づいた。

 どうやら椿は何か入っているとわかっていて絵里をからかっているらしい。


「へ、平気よ! 誰も見てないし! 頑張って作ったんだから、今すぐ感想が聞きたいの!」

「でも、今はちょっとお腹がいっぱいで……」

「放課後よ!? そんなわけないじゃない!? ねぇお願い! 一つだけでいいから!」


 本当に隠す気があるのかという慌てぶりである。


「仕方ありませんね。それでは一つだけ」


 椿はクッキーを取り出すと、あーんと大きな口を開いた。


 え! 本当に食べちゃうの!? 

 ドキドキして見ていると、絵里も期待するように大きく口を開いた。


「えいっ」


 そこに椿がクッキーを捻じ込もうとした。

 惜しくもぎりぎりで避けられた。


「ちょ!? なにすんのよ!? 危ないじゃない!?」

「危ない物が入ってるんですか?」


 絵里の顔が青ざめる。


「ち、違うわよ! い、いきなりそんなもの入れられたら、窒息するかもしれないでしょ!? そういう危ないよ!」

「怪しいですね。試しに一つ食べてみてください」

「い、いやよ!」

「なぜです? 危ない物が入ってないなら食べられますよね?」

「だ、ダイエット中なのよ!」

「確かに、絵里さんはちょっとふっくらしてますが」

「してないわよ!? いつ花巻君と付き合ってもいいようにベストの体重を維持してるんだから!?」

「じゃあいいないですか」

「だ、騙したわね!? 卑怯よ!」

「面倒になってきました。真姫さん、風太君、ちょっと手伝ってもらえますか?」

「よしきた!」

「青山さん。年貢の納め時だよ」

「ちょ、なにするつもり!? いや、はなして!?」


 暴れる絵里を真姫が羽交い絞めにする。


 風太は足首を抑えた。


「暴れないでよ。パンツ見えちゃうよ」

「いや!? だめ!? 今日は油断してくたくたパンツなの!?」


 そんな事は聞いてないし興味もない。


「ほら、何を入れたんですか? 白状しないと、本当に食べさせますよ」


 椿が絵里の顔を掴んで無理やり口を開かせる。


 顔をブサイクにして必死に抵抗していた絵里も、ついに観念したらしい。


「わ、わかったわよ!? 白状するわ! 惚れ薬を入れたのよ!?」

「「惚れ薬!?」」


 風太が真姫とハモった。

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