第13話 懲りない妄想特急

 あの女は悪魔だ。


 真姫を懐柔する様を見て、絵里は確信した。


 風太だってああやって丸め込まれたに違いない。


 ストックホルム症候群というのをテレビで見た事がある。


 誘拐事件や監禁事件で長い間犯人と一緒にいると、人質が犯人に好意を持つようになるらしい。


 きっと風太も脅されている内にストックホルム症候群になって、椿の事を好きだと勘違いするようになったのだろう。


 なんて恐ろしい女だ!


 しかも椿はビッチだ。


 絵里はこの目で見たのだ。


 締め技をかける振りをして、椿は真姫を愛撫していた。


 あのテクニック、絶対にヤリマンだ! ろくな女じゃない!


 それなのに、友達は誰も信じてくれない。


 流石にそれはないでしょと妄想扱いだ。


 いつも一緒の二人ですら、これ以上椿とは関わりたくないと去って行った。


 絵里は心底がっかりした。


 弱みを握られたからどうした! 風太に対する想いはその程度なの!?


 そうだろう。


 所詮は顏と周りの雰囲気でキャーキャー言っていたミーハーな連中だ。


 自分のように、自己犠牲も厭わない真実の愛に目覚めたわけではない。


 いいもんいいもん! だったら一人で頑張るもん!


 絵里は完全に意地になっていた。


 意地でも椿をギャフンと言わせ、自分の元に風太を取り戻すのだ!


 風太が絵里の元にあった事など一度もないのだが、そんな事はお構いなしだ。


 それで絵里は考えた。


 単純な武力では椿には勝てない。


 嫌がらせも無駄だった。


 ではどうする?


 ……どうしよう!?


 ガリガリと親指の爪を噛みながら廊下を彷徨っていると、科学部の表札が目に入った。


 エウーレカー!


 頭の中のアルキメデスが叫んだ。

 

 †


「……ない!? ないないない!?」


 暫く経った放課後。


 三人で一緒に帰ろうとしていたら、下駄箱に頭を突っ込んで真姫が騒ぎ出した。


「どうしたの、真姫さん?」


 ここ数日、一緒に昼食を食べた仲である。椿の提案で、親睦を深める為に三人でカラオケに行ったりもした。

 

 ボッチの風太である。カラオケなんか行かないから音痴なのだが、真姫はギャル特有の明るさと巧みなタンバリンさばきで楽しく盛り上げてくれた。


 椿も真姫とデュエットしていて楽しそうだった。それで風太もなんだかんだ打ち解けた。


 椿の言う通り、友達を増やすのは悪くないかもしれない。


「オレの靴がないんだよ!? 花巻君と仲良くしてるから、抜け駆けしたって思われて隠されたんだ!?」


 学校最強の女子が、情けない顔で涙目になった。


 いくら喧嘩が強くても、この手の嫌がらせには無力なのだ。


 風太もそれは知っているから、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「……ごめん、真姫さん。僕のせいだ……」

「は、花巻君のせいじゃないって! 悪いのは――」


 真姫の視線が椿に向いた。


 椿は悲しそうな顔でそれを受け止めた。


 真姫は少し迷うと、頭を振った。


「……悪いのは、こんな狡い嫌がらせをする奴だろ……」

「……真姫さん」


 風太はちょっと感動した。


 椿の言う通りだった。


 仲良くなって真姫は変わった。


 以前なら、お前のせいだと椿を責めていただろう。


「……いえ、私のせいです。私が真姫さんを巻き込んだから……。味方だと思われて嫌がらせを受けたんでしょう……」

「そうだけど……でも違うじゃん! 話してみたら椿だって良い奴だったし、花巻君とだってちゃんと真面目に付き合ってるだろ!? それなのに、こんな事されるのはおかしいじゃんか!」

「そうですね。真姫さんにも分かって頂けてなによりです」


 いつもの表情に戻ると、携帯を操作し始める。


「えっと、椿?」

「私と仲良くしたら、真姫さんも標的になる事は分かっていました。なので当然、対策を取っています」


 淡々と告げると、椿は携帯を真姫に向けた。


 下駄箱の上には、運動部が部活で使う靴や私物の入った袋なんかが置いてあるのだが、そこに隠しカメラを紛れさせたらしい。


 斜め上から撮った動画には、ばっちり犯人の姿が映っている。


「……すげぇ。探偵みたい! これで犯人をシメれるぜ! サンキュー椿!」


 子供みたいに目を輝かせ、真姫が雫に抱きついた。


 椿はちょっとキョトンとして、恥ずかしそうに言った。


「……一応、私には真姫さんを巻き込んだ責任がありますので。それに、友達を守るのは当然の事でしょう?」

「椿……うぅぅ、お前って本当良い奴だな! なのにオレ、ろくに知りもしない奴の話を鵜呑みにしてシメようとしちゃって……本当ごめん!」


 うるうるおめめで真姫が両手を合わせる。


「いいんです。間違いは誰にでもありますから。反省して行いを改めて貰えれば、私は気にしません」

「椿が良くてもオレが気にすんの! 今度お詫びにぬいぐるみ取ってやるから、ゲーセン行こうぜ!」

「いいですね。それでは、特大のをお願いします」


 女の友情に、ちょっと風太は嫉妬した。


「……真姫さん。それ、僕も行ってもいい?」

「当たり前じゃん! てか、花巻君は椿の彼氏なんだから遠慮する事ないって!」


 それを聞いて風太もホッとした。


「……椿ちゃん、可愛いぬいぐるみが好きなんだ。真姫さん、クレーンゲームが得意なら僕にもコツを教えて欲しいんだけど」


 こっそり真姫に聞く。


 小学生の頃、何度か椿の為にぬいぐるみを取ろうとした事があるのだが、取れた試しは一度もない。


 それを聞いて、真姫はキュンとしたように大きな胸をおさえた。


「マジてぇてぇ……。もち、まかせてよ!」


 椿は聞こえていたが、聞こえていない振りをした。


「それでは、サクッと犯人をシメて真姫さんの靴を取り返しましょう」

「おう! オレ等に手ぇ出すとどういう事になるか、キッチリ身体で分からせてやろうぜ」

「相手が男なら、僕もやっつけられるのに……」

「その必要はないわよ」


 隠れてみていたのだろうか。

 現れたのは絵里だった。


「これを探してるんでしょ?」


 指先には、汚らしそうに大きな外履きをぶら下げていた。

 

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