第12話 椿の計画

「ちくしょう! なんでオレがお前と一緒に昼めしを食わなきゃいけないんだよ!」

「いいじゃないですか。私達はお友達なんですから」


 涼しい顔で椿が言う。相手は先日倒した真姫である。

 いつの間にか連絡先を交換したようで、昼休みに呼び出して一緒に昼食を食べている。


「お前なんか友達じゃねぇっての!」

「……そんな事を言っていると、ファイトクラブ同好会に乗り込んで部員の見ている前で可愛がりますよ?」


 椿が耳元で囁くと、真姫は真っ赤になって大人しくなった。


「それに、風太君と一緒にお昼を食べられるのは、真姫さんにとっても悪い事ではないのでは?」

「そ、それはそうだけどさ……」


 気まずそうな真姫の視線を受けて、風太はぷいっとそっぽを向いた。

 風太は椿一筋である。他の女の子と仲良くする気なんか毛頭ない。


「……やっぱ訂正! これじゃあ花巻君に嫌われるだけだっての!?」


 あぅっと涙目になり、真姫が叫ぶ。


「だめですよ風太君。真姫さんはお友達なんですから、仲良くしてあげないと」


 諭すように言われて、風太はムスッと膨れた。


「だって椿ちゃん。この子、椿ちゃんに暴力を振るおうとしたんだよ。無傷で勝てたからよかったけど、そんな人と仲良くなんか出来ないよ」


 風太の発言に真姫はガーンとショックを受ける。


「ぐす……オレ、帰る!」

「お待ちなさい」


 弁当を持って立ち上がる真姫を椿が引き留める。


「だって!」

「いいから座りなさい」

「ひぃっ」


 椿の目が鋭くなり、真姫は渋々着席した。


「……ねぇ、椿ちゃん、どういうつもり? 理由があるなら教えて欲しいんだけど」


 風太としては、椿と水入らずで楽しくお昼を食べたい。邪魔者がいては恥ずかしくていちゃいちゃなんか出来ないのである。


「もちろん理由はあります。これも私達の甘い青春の為ですよ」

「どういう事?」


 風太はさっぱり分からなかった。


「風太君は、私がいじめられた理由はなんだと思いますか?」

「……僕と付き合ったからだと思うけど」


 そんな話、真姫の前でしていいのだろうか。

 心配になりつつ、風太は答えた。


「ぶるるるるる。マイナス一万点です」

「えぇ……」


 ムスッとすると、椿が唇を震わせた。


「えぇ、じゃありません。大体、それを言い出したらおしまいじゃないですか。そうじゃなくて、もっと建設的に考えてください」

「……いじめられてたってどういう事だよ」


 怪訝そうに真姫が割って入った。


「そのままですよ。私は小学生の頃、風太君と付き合ってこっぴどくいじめられたんです」

「椿ちゃん!?」


 マジかよ……と呻く真姫はとりあえず無視である。


 風太は焦るが、椿は平気な顔だ。


「いいんです。この学校には同じ小学校の方もいるでしょうし、いずれは広まる事ですから。ヘタに隠すよりも堂々としていた方がいいです」


 その通りかもしれないが、風太は心配だった。自分だったら、いじめられていたなんて過去を他人には知られたくない。椿は平気な顔をしているが、本当は強がっているだけなんじゃないだろうか。


「……大丈夫です。強くなったのは喧嘩だけではありませんから」


 不安そうな風太を見て、安心させるように椿が微笑む。


「思うに、私がいじめを受けたのは庇ってくれる友達がいなかったからでしょう」

「僕がいたよ!」

「そうですね。でも、風太君だけです。一人だけ。それが私達の世界の全てでした。私には風太君がいて、風太君には私がいて、私達はそれで満足して、小さな世界に閉じこもってしまいました。多分、一番の原因はそこにあったのでしょう」


 懐かしむようにしみじみと椿は言う。


「それって悪い事?」


 風太はそうは思わなかった。友達は数ではない、質だ。椿は可愛くて楽しくて大好きで、友達で親友で幼馴染の恋人だ。椿がいればそれでいい。それ以外は必要ない。大体、椿以外の人間は信用できない。男子は無条件に嫌ってくるし、女子は風太の事をよく知りもしないで顏だけで告白してくる。そんな連中をどうして好きになれるだろうか。


「……多分私は、風太君を独り占めしすぎたんでしょね」


 そんな風太を哀しそうに見つめると、椿は真姫に話を振った。


「真姫さんはどう思いますか?」

「お、オレに振るなよ!?」

「風太君が好きなのでしょう? はたから見て、今の発言には思う所があったのでは?」

「それはまぁ、なくはないけど……」


 ムスッとする風太の顔色を真姫が伺う。


「……花巻君の為を思って言うけどさ、そういう考えはちょっと不健全っていうか……」

「半田さんには関係ないと思うけど」

「だめですよ風太君。真姫さんは私達の事を思って言ってくれたんですから」


 椿に言われて風太はショックを受けた。


「なんで? どうして半田さんの事を庇うの?」

「彼女が正しい事を言ってるからです。私達が誰にも邪魔されずに心置きなく甘い青春を謳歌するには、私たち以外にもお友達を作る必要があるんです」

「どうして?」

「お友達をいじめる人はいないでしょう?」


 ズドーン! 風太の中に雷が落ちた。


 そんな事、考えた事もなかった。けれど、確かにそれはそうかもしれない。


 風太は椿の友達だ。絶対にいじめたりなんかしない。むしろ、そんな事になったら必死で庇う。だって友達だから。そういう事なのだ。


「私の考えが分かって貰えましたか?」

「……うん。わかった。それで半田さんと友達になったんだね」

「はい。一緒にご飯を食べて、仲良くして、私達の事を知ってもらいます。私達がお似合いのカップルだと分かれば、真姫さんも風太君の事を諦めるでしょう。そして、私達の仲を応援してくれるはずです。誰かが私達の事を悪く言っていたら、それは違うと庇ってくれるかもしれません。そんな友人が沢山出来れば、私達の仲を邪魔する人もいなくなるでしょう。つまり、勝利です」

「完璧な作戦だね!」


 感動して風太は拍手した。


「……いや、そんな話目の前でされて素直に協力するわけねぇだろ」


 呆れたように真姫が言う。


「別に協力してもらうつもりはありません。私はただ普通にお友達になるだけです。風太君も、これからは真姫さんと仲良くできますよね?」

「もちろんだよ! よろしくね、半田さん!」


 風太はニコっと笑いかけた。つまりこれは、椿を大勢の悪意から守る為に必要な事なのだ。それならば文句はない。悪魔とだって握手してやる。


「花巻君……」


 風太のスマイルを受けて、真姫はキュンとしていた。椿以外には塩対応の風太である。スマイルなんかSSRだ。


 と、見惚れていた真姫がハッと我に返って椿を睨んだ。


「ひ、卑怯だぞ転校生! 花巻君をダシに使うなんて!」

「私はお友達として、真姫さんと風太君の仲を取り持っただけなのですが。そんな風に言われると傷つきます」


 しゅんとして椿が胸を抑える。

 風太に睨まれている事に気づいて真姫は焦った。


「う、うそうそ冗談! 花巻君と一緒にお昼を食べれて超ハッピー! サンキューな! 椿!」

「いきなり呼び捨てとは馴れ馴れしいですね」

「どうしろってんだよ!?」

「ふふ、冗談です。気軽に椿と呼んで下さい」

「僕も風太でいいよ、半田さん」

「マジで!?」

「それはだめです。風太君の事を風太君と呼んでいいのは私だけなので」

「じゃあやっぱりなしで」

「そんなぁ!? じゃあ、せめて半田さんじゃなく真姫って呼んでよ!?」

「え~」


 風太の視線を受けて、椿が仕方ないという感じで頷く。


「じゃあ、真姫さんで。よろしくね」

「っしゃあああ!」


 真姫がガッツポーズで吠える。


 そんな姿を、絵里はじぃぃぃぃぃぃぃぃっと怖い顔で見つめていた。

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