第6.5話 すべて計画通り

 危うく風太は噎せそうになった。


 現れたのは二年二組の半田真姫だ。

 彼女にも一年生の頃に告白された事がある。

 それで、絵里のように嫉妬して殴りこんできたのだろう。


 なにが勝負だ! そんな危ない事、大事な彼女にさせるわけないだろ!

 そう思って風太は立ち上がった。


「椿ちゃんは勝負なんかしません! 迷惑だから帰って下さい!」

「えぇ……」


 きっぱり言われて、真姫はたじろいだ。

 よし、と風太が内心でガッツポーズを取る。

 やっぱりこういうのは彼氏が言うのが一番なのだ。

 ところがだ。


「いいですよ」


 折角断ったのに、椿は了承してしまった。


「椿ちゃん!?」

「風太君。私は言ったはずです。私達の関係に文句のある方は、いつでも相手になると」

「そ、そうだけど、半田さんは喧嘩部みたいなのに入ってて、うちの学校じゃ最強とか言われてるんだ! 危ないよ!」

「それは好都合です。早速お友達が良い働きをしてくれたみたいですね」


 椿の流し目を受けて、絵里がブフッと取り巻きの顏に弁当を噴いた。


「青山さん? またなにかしたの!?」

「し、知らない! あたしは関係ないわよ!?」


 ぶんぶんと首を振る絵里に、真姫が怪訝な顔をした。


「はぁ? お前が花巻君が転校生に脅されてるって言うからやっつけに来たんだろうが」


 それで風太も事情を察した。


「青山さん!? 君って奴は!」

「だ、だってそうでしょ! 花巻君、今まで女の子なんか興味ない! みたいな顏してたのに、急にそんな女とべたべたしちゃって、脅されてるとしか思えないわよ!」


 風太としては、女子を勘違いさせたくなくて冷たく接していただけである。それで女子からはガツガツしてないとか可愛い系なのにクールでかっこいいとか言われているのだが、風太の知る所ではない。 


 ともあれ、絵里の言動に風太もいい加減キレそうになった。


「椿ちゃんがそんな事するわけないだろ! 僕は本気で――」

「まぁまぁ。風太君も落ち着いて、そんなに怒らないであげてください。絵里さんは風太君の事が心配だっただけなんですから。ですよね、絵里さん」


 がくがくと絵里が首を縦に振る。

 風太としては余計なお世話以外のなにものでもないのだが。


「で、真姫さんも風太君の事が好きで、私みたいな女が彼女になって不満なんですよね?」

「そ、そうだよ! オレだって花巻君の事が好きだったんだ! それをいきなり出てきた転校生に取られて納得出来るか! 大体お前、花巻君の弱みを握って脅してるそうじゃねぇか!」

「だから、僕は脅されてなんかないんだってば!」

「無駄ですよ。この手の言いがかりは口で言った所でどうにもなりません」


 椿の言う通りだった。小学生の頃だって、風太と付き合ったせいで椿は変な噂を流されていた。それこそ、幼馴染だから弱みを握っているだとか、色仕掛けを使ったとか。風太が嘘告をして騙されているだけというのもあった。


 いくら風太が否定しても、いや、風太が必死に否定すればするほど、状況は悪くなるばかりだった。常識的に考えて、小学生が色仕掛けなんか使うわけないのに、言う側はそんな事は気にしない。嫌いな相手を貶められればなんだっていいのである。


「ですから私は、ただ力を示すだけです。望み通り、勝負とやらに付き合ってあげましょう。殴り合いの喧嘩という事でよろしいですか?」


 どこまでも余裕の表情の椿を気味悪そうに見返しながら、真姫が頷く。


「お、おう。一応ルールはあるけど、そんな感じだ」

「いつでもと言いましたが、流石にお昼休みは遠慮してください。放課後に喧嘩部とやらに伺いますので」

「喧嘩部じゃねぇし! ファイトクラブ同好会だよ!」

「ではそれで。折角なので、観客を募ってパーッとやりましょう。絵里さん、お声掛けをお願いできますか?」

「は、はぁ!? なんであたしがそんな事しなきゃならないのよ!」

「私が真姫さんに無様にやられる姿がみたいのでしょう? なら、観客は多い方がいいと思いますけど」

「……わ、わかったわよ。そんなに恥を掻きたいなら言う通りにしてあげる! どうなっても知らないんだからね!」


 それで話がまとまってしまった。


「椿ちゃん、あんな事言って、どういうつもりなの?」


 風太が言えば真姫は追い返せそうな雰囲気だった。

 わざわざしなくてもいい喧嘩なんかして、意味が分からない。


「全ては私が風太君の彼女として認められる為。そして、私達の甘い青春の為です。その為には、私が自分で力を示す必要があるんです」

「でも……」


 確かに椿は絵里に勝った。でも、風太からすればあんなのは喧嘩の内に入らない。真姫は身長が高くて肉付きもいいから、ウェイト的にも不利な相手だ。格闘技の経験者っぽいし、椿では相手にならないだろう。


 それこそ、文句があるなら代わりに自分が戦いたいくらいである。

 風太なら、親に叩きこまれたよくわからない護身術で相手を傷つけないように鎮圧できる。


「信じてください。言ったでしょう、強くなって帰ってきたと」


 本気の目で見つめられ、風太もそれ以上は言えなかった。

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