第7話 女達の戦い
そして放課後、風太達は畳張りの武道場に集まっていた。
風太は女嫌いの美少年として有名で、モテモテである。
そんな彼を初日で落とした椿もまた、謎の転校生として有名になっており、様々な噂や憶測、風太を好きな女子からのヘイトを買っていた。
そこに見守り隊きっての武闘派である真姫との勝負が持ち上がったのだ。
絵里の偏向報道もあり、ファイトクラブ同好会には椿がシメられる姿をひと目見ようと大勢の見物人(男女比二対八)が押し掛けた。それだけで部室が満員になる程である。
これではとても勝負など出来ないという事で、急遽武道場に場所を移していた。
四方の壁には大勢の見物人が集まって、椿に対するブーイングやヤジを飛ばしている。
中央に立つ椿は涼しい顔で真姫と見つめ合っているが、風太としては穏やかでない。
今すぐ大声で反論して意地悪を言う子達を叱りつけてやりたいが、多勢に無勢である。
そんな事をしても滑稽なだけで、椿の立場を悪くするだけだろう。
忌まわしい日々の再現、いや、拡張版のような状況に、嫌な汗が流れていた。
「ルールを説明するぜ。顔面を殴るのはなしだ。腹もなし。大怪我をさせるような攻撃もなし。オレも女だ。てめぇは憎いが、そのぐらいの慈悲はくれてやる。あとは自由だ。ギブアップかセコンドのタオルで決着。それでいいか?」
「えぇ」
頷く椿は体操着に着替えていた。半袖短パンから伸びる白い四肢が目に眩しい。こんな状況でなければ、風太は思う存分見惚れていただろう。
真姫はボクサーのような短パンとぴったりしたへそ出しのブラトップだ。巨大な胸が窮屈そうに存在感を主張している。日に焼けた肌はむちむちで、男子の視線を奪う強烈な引力を放っている。
それは風太も感じていたが、椿が頑張っている時に他の女子に色目を使っていたら彼氏失格だと、鋼の意志でオスの本能に抗っていた。それに、露出度では負けていても椿だって十分セクシーだ。むしろ隠れている分エロいまである。
ちなみに、椿のセコンドは風太、真姫のセコンドは絵里である。
お互いに白いタオルを持っていて、だめだと思ったらそれを投げて降参を示す決まりだ。
「随分とぬるいルールだとは思いますが」
「あぁ? 舐めてんのか?」
椿の発言に真姫が犬歯を剥いた。
だめだよ椿ちゃん!? 挑発なんかしちゃ!
風太は青ざめるばかりである。
「舐めているのはそちらでしょう? 戦う前から勝った気になっているんですから」
「はっ! オレはこの学校で最強なんだよ! ポッと出の転校生に負けるわけねぇだろうが!」
「なら、一つルールを追加しましょう。負けた方が相手の言う事をなんでも聞くというのは?」
「椿ちゃん!? なに言ってるの!?」
突然の提案に観客たちもどよめき、真姫は唖然としている。
そこに絵里が叫んだ。
「じゃあ! あんたが負けたら花巻君と別れなさいよ!」
「そうよそうよ!」
「別れろビッチ!」
「花巻君を返せー!」
「お、おい! 勝手に決めんなよ!」
真姫は言うが、一度できてしまった流れはどうにもならない。
「いいですよ」
椿はあっさり了承した。
「椿ちゃん!?」
「大丈夫です。私は絶対に負けませんので」
「……どういうつもりだ?」
怪訝そうに真姫が聞く。
「どうもこうも、真姫さんもそれが目的だったのでは?」
「……そうだけどさ」
「ご心配なく。私も相応の要求をさせて貰いますので」
「……なるほどな。代わりにここにいる全員に、花巻君との関係を認めさせようって腹か?」
風太もなるほどと思った。
それならこの大勝負にも意味がある。
ところがだ。
「まさか。そんな無駄なお願いはしませんよ。あなたに勝った程度では、誰も納得しないでしょうから」
……確かにと風太も考えを改めた。
観客にはそんな約束を守る義理はない。
それこそ、言うだけ無駄になるだろう。
「……じゃあ、なにが目的なんだよ」
「お友達になって下さい」
「……はぁ?」
全員が困惑した。
「お友達ですよ。この通り、私は転校生ですので、お友達がいないんです。風太君と付き合った事で他の方に嫌われてしまったようですし。なので、私が勝ったら真姫さんにはお友達になって貰います。いやですか?」
「い、いやに決まってるだろ! なんでお前なんかと!」
「まぁ、そうですよね。でも、私が勝ったらなって貰います。それに、悪い話じゃないと思いますよ? 私とお友達になったら、風太君ともお友達になれるわけですし。一緒にお昼を食べたり、休日に遊んだり出来ますよ? 真姫さんはセクシーで可愛いので、もしかしたら風太君は浮気をしてしまうかもしれないですね」
「し、しないよそんな事!? なに言ってるの椿ちゃん!?」
ぎょっとして風太は叫んだ。
確かに真姫は可愛い。ちょっと怖そうな顔をしているが、美少女の範囲である。胸は大きく身体はむちむち、男の子なら否応なく気になってしまうタイプの子である。
それは認める。だって事実だ。でも僕は、椿ちゃんを好きなんだよ!
浮気なんかするわけないじゃないか!
そんな風太に、椿は申し訳なさそうにしぃっと人差し指を立てた。
……なにか考えがあるのだ。
当然だ。考えなしに椿がこんな事を言うはずがない。
ばかばかばか! 僕のばか! 椿ちゃんは僕を追いかけて転校までしてきたんだぞ!
そんな子の愛を疑うなんてどうかしている! 理由は全然分からないけど、椿ちゃんを信じないと! それだけが、今の僕に出来る唯一の応援じゃないか!
風太も腹を括った。
「なるほどな。それでオレにわざと負けろってか。道理で余裕なわけだ……。バカにすんなよ転校生! そんな狡い取引にオレが乗るわけねぇだろ! てか、そんな事したらオレまで目の敵にされるだろうが!」
「そうですよ? 私を風太君を賭けたんですから、それくらいして貰わなければ割に合いません。それと、勘違いしないで下さい。別に私は八百長なんて望んでいません。そんな事をするまでもなく、私は実力で真姫さんに勝ちますので」
どこまでも余裕の表情で椿は言う。
風太の頭はぐちゃぐちゃだ。真姫の話を聞いたらなるほど! と思う。この場をやり過ごすには良い手かもしれない。でも真姫は乗ってこないし、椿はそれでいいと言う。なにを考えているのかさっぱり見当がつかない。
それでもとにかく信じるだけだ。
「さぁ、御託はこれくらいにしましょう。こんな茶番はさっさと終わらせて風太君と帰りたいので」
「上等だよ! わけわかんねぇ事ごちゃごちゃ言いやがって! オレはバカなんだ! なにを企んでるのか知らねぇが! 効きやしねぇんだよ!」
言葉の時は終わり、拳の時間がやってきた。
ファイトクラブ同好会の部員がゴングを鳴らし、乙女達の勝負が幕を開ける。
「椿ちゃん! 頑張ってえええええええ!」
風太は叫んだ。
神様お願いです! なんでもします! お年玉もお誕生日もクリスマスもいりません!
だからどうか! 椿ちゃんを勝たせてください!
風太には、祈る事しか出来なかった。
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