第6話 諦めた夢の欠片をひとつずつ
「じゃじゃーん」
翌日の昼休み。
椿が取り出したのはハーフサイズの小さなお弁当だ。
「……もしかして、僕の為に?」
「もしかしなくても風太君の為です」
風太は幸せ過ぎて眩暈がした。
クラスの女子がすごい顔で睨んでいるが気にしない。
今まで灰色の青春を送ってきた分を、これからは椿と一緒に取り戻すのだ!
そう思うと、今日まで頑なに女子の告白を断ってきた事も報われた気がした。
風太も男の子である。正直、あんなことさえなければ付き合いたいと思う子は幾らでもいた。
けれど、そう思う度椿の事を思い出す。あんなに良い子を不幸にして、自分だけ幸せになるなんて許されるはずがない! それに、他の子と付き合ってまた不幸にするのも嫌だった。
ムッツリだが、風太は真面目な男なのである。
「ありがとう椿ちゃん! 大好き!」
「私も大好きです」
幸せそうに椿が言う。
「わぁ! オムライスだ! 僕の好物、覚えててくれたの?」
「風太君の事はなんだって覚えています」
小さなお弁当の中には、小さな丘のようなオムライスが収まっていた。
……なんだかおっぱいみたいだなと風太は思った。
「おっぱいみたいだって思ってますね」
「お、思ってないよ!?」
恋人であると同時に親友で幼馴染である。数年の時が空いても風太の考える事はお見通しだった。恥ずかしくなり、風太は早速オムライスを食べようとした。
「待ってください」
椿は小さなケチャップを取り出して、オムライスの上にハートマークを書いた。
「ラブ注入です」
「椿ちゃん……」
風太は感動で天にも昇る気持ちだ。
バカップルなのは分かっている。みんな見てるし、普通に考えて恥ずかしい。でも、それでいいと風太は思った。絵里のような女子に絡まれない為にも、椿とイチャイチャしている所を周りに見せつけて、彼女だという事をアピールしようと思ったのである。
「いただきま~す」
食べてしまうのがもったいないと思いつつ、風太は備え付けのスプーンでオムライスを頬張った。
「どうですか? 一応料理の練習はしたのですが」
「美味しいに決まってるよ!」
そうは言ってもただのオムライスである。冷めていて、ライスだって固くなっている。けれど風太には本当に美味しく感じられた。普通の料理には入っていない特別な栄養素が含まれていて、身体の中からぽかぽか幸せになるようだ。
「よかった。夢が一つ叶いました」
「大袈裟だよ」
「そんな事はありません。あの時は結局、恋人らしいことはほとんどなにも出来ずに別れてしまったんですから」
椿の言葉に風太もしんみりした。
周りの女子を刺激しないように、二人はこそこそ付き合っていたのだ。
付き合っているという事実以外にはなにもなかったと言ってもいい。
あんな事やそんな事、椿としたい事が山ほどあった。
そしてそれらは、たった一つも叶う事なく手の届かない所に行ってしまった。
そう考えると、椿の言葉は決して大袈裟ではなかったのだろう。
「ほら、そんな顔しないで下さい」
そう言って、椿はもう一つのスプーンでオムライスをすくい、風太の口へと運んだ。
「あーん」
これはいくらなんでも恥ずかしい。
けれど、それ以上に嬉しさが勝った。
だって、大好きな椿ちゃんのあーんなのだ。
「あむ!」
迎えに行くように頬張ると、同じはずのオムライスが一層美味しく感じられた。
「ねぇ椿ちゃん、僕もあーんしていい?」
「それはちょっと、恥ずかしいというか……」
椿が赤くなって視線をそらした。
自分からは色々してくるのに、されるのは弱い椿なのだ。
そして、椿のいやはいやじゃないという事を風太も知っていた。
むしろ、ちょっと強引にされる方が好きなのだ。
「はい、あーん」
「ぁ……ぁむ」
真っ赤になってプルプル震えながら、椿は小さな口で風太の差し出した唐揚げを頬張った。
「相変わらずおばさんの唐揚げは美味しいですね。私ももっと精進しないと」
風太の母親の事である。幼馴染だし、お互いの家でお泊り会をした事だってある。
親公認の仲なのだ。
「そう? 僕は十分美味しいと思うけど。もっと食べたいくらいだよ!」
もったいないと思いながら、ちびちびと削るようにオムライスを食べていく。
「褒めすぎです。それに私は、風太君の彼女としてもっと上を目指したいので」
「そんな、僕なんかの為にそんなに頑張らなくていいのに」
「風太君は気にしないで下さい。私が勝手にがんばりたいだけなので」
そう言われても、彼氏としては気にしないわけにはいかない。
今までは彼女なんか作らないと思ってズボラな人生を送ってきたが、こうして見違えるように綺麗になった椿を前にすると、僕もこのままではいけないという気持ちになる。
それこそ、うかうかしていると今度はこっちが不似合いだと言われそうだ。
これからは、もうちょっと見た目に気を使おう。
お弁当のお礼には、どんな事が出来るだろうか。
そんな事を考えていると、突然後ろのドアが勢いよく開いた。
「月島椿! オレと勝負しやがれ!」
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