第5話 妄想特急

 勿論絵里には椿に屈するつもりなんかこれっぽっちもなかった。

 こちらは一年間、ずっと片思いを続けているのだ。


 幼馴染だかなんだか知らないが、いきなり出て来て風太と付き合うなんてズルいじゃないか! と怒っている。

 きっと、学校中の女子が怒っている。それくらい風太を好きな女子は多いのだ。


 絵里もその一人である。けれど絵里は、他の女子のように顔だけで好きになったわけではない。ちゃんと理由があるのである。


 一年生の頃、絵里は帰り道で不良に絡まれていた。柄が悪いと評判の近くの工業高校の生徒である。チンピラが学生服を着たみたいなタバコ臭い集団に囲まれて、遊びに行こうぜと強引に迫られていた。


 そこに風太が通りかかった。

 無視されると絵里は思った。

 風太はモテモテだが、女嫌いで有名だった。

 実際風太は見て見ぬふりをしようとした。

 けれど、なにかを思い出すようにグッと唇を噛むと戻ってきて、不良達に言うのである。


『やめなよ。嫌がってるでしょ』

『あぁ? なんだよチビ。文句あんのか』

『あるって言ってるだろ。耳が悪いの? あぁ、悪いのは頭のほうか』

『てめぇ! ぶっ殺す!』


 気持ちは嬉しいけれど、正直絵里は呆れてしまった。だって風太は見るからに弱そうなチビ助だ。可愛い系の美少年で、虫も殺せそうにない顔をしている。一対一でも無理そうなのに、相手は三人だ。勝てるわけがない。きっと、女の子にちやほやされて調子に乗っているのだろう。


 そう思ったのに、風太は魔法みたいに不良をやっつけてしまった。


 不良達が蹴りやパンチを繰り出すと、風太の手がそれに合わせてすっと動く。すると不良が勝手に転ぶのだ。風太が軽く手を捻ると、不良達は悲鳴をあげて跪き、泣いて許しを乞う。まるで超能力でも使っているみたいだ。


『……家が道場だから。変な護身術を習わされただけ。あと、別に君の事を助けたわけじゃないから。女の子がひどい目に合ってる姿を見るのが嫌なだけ、勘違いしないで』


 視線も合わせずに言うと、風太は逃げるように立ち去った。

 それで絵里は風を感じたのだ。少女漫画に出て来る春色の風を。

 その後告白して振られたけれど、風太は言っていた。


『僕は付き合った女の子を不幸にするから彼女は作らないって決めたんだ』


 みんなそう言われて振られている。

 だからある時、振られた女子の中でも影響力の強い人達が集まって見守り隊を結成したのだ。


 このままみんなで好き勝手告白していたら風太の女嫌いが加速してしまう。それでは誰も得をしない。だから、風太の気持ちが変わるまでぐっと堪えて見守ろう。


 秋頃に発表されたこの誓いは淑女協定と呼ばれ、学校中の女子に周知されている。

 時折抜け駆けをする者もいたが、ズルをした子には厳しい制裁が待っていた。


 そうして恋する乙女達は風太の事を陰ながら見守り、雪解けの時を待っていたのだ。

 それなのに、いきなり出てきた転校生とあっさりくっつくなんてわけがわからない!


 絶対おかしい! 普段は無口でクールなのに、あの転校生に対してはやたらと庇うような事を言っていたし。


 大体、昔付き合ってたって事は元カノだ。いきなり転校してきた元カノと復縁するなんて事があるだろうか?


 思い出してみれば、あの女が転校してきた時、風太は酷く取り乱していた。そして、ホームルームが終わった途端、血相を変えて転校生の手を引いて出ていったのだ。


 絶対おかしい。なにかある。ないわけがない。

 もしかして、風太の女嫌いの原因は転校生なのでは?


 ある意味それは正解なのだが、間違った正解だった。


 なんにせよ、絵里の中ではどんどん妄想が膨らんでいく。

 そして膨らんだ妄想は今日の出来事で明確に形を持った。


 転校生はきっと、風太の弱みを握っているのだ。実際今日だって脅迫してきた。見た目だって、なんかヤンデレっぽいし、きっとそうに決まっている。だから風太はあんな女の言いなりになっているのだ。


 今度はあたしが花巻君を助けないと!


 放課後、暴走する妄想特急と化した絵里の足は、同好会やマイナーな部の集まった旧校舎へと向かった。


 そして、ファイトクラブ同好会と書かれた部室の扉を叩いた。


「半田さん! あなたを見守り隊の幹部と見込んでお願いがあります!」

「あぁ? 誰だよお前?」


 振り返るのは百八十以上ある長身の黒ギャルだ。

 肉食獣を思わせる好戦的な顔をした少女は、グラップラーの異名を持つ十霞国川とがすみくにがわ高校最強の女、半田真姫はんだ まきである。


 そして絵里は、膨れ上がった妄想を盛りに盛って真姫に伝えた。


「……やっぱりな。いきなり花巻君に彼女なんておかしいと思ったんだ! ゆるせねぇ! そんなストーカーみたいな女、このオレがぶちのめしてやる!」


 怒りに燃える真姫を見て、絵里はほくそ笑んだ。

 生意気な転校生もこれでおしまいだ。

 真姫に鼻っ柱をへし折られて、大恥をかけばいいのである。


「待っててね花巻君。今助けてあげるから!」


 †


「へっくち」

「はい、ちーん。風邪ですか?」

「違うと思うけど、花粉症だったらやだなぁ……」

「きっと誰かが噂をしてるんですよ。モテモテの風太君に彼女が出来たんですから」

「もう、からかわないでよ! 椿ちゃん以外の女の子にモテたって、僕は嬉しくないんだから!」

「……あまり私を喜ばせないで下さい。濡れてしまいます……」

「椿ちゃん!?」

「嬉し涙的な意味ですが? 風太君はなにをそんなに恥ずかしがっているんですか?」

「ぁぅ、それは、だって……」

「ふふ。相変わらず、風太君はムッツリですね」

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