第4話 またあの日々の繰り返し

 翌朝、登校した風太は椿の机がひっくり返っているのを見て血の気が引いた。

 こんな所、椿には見せられない。


 慌てて直すと、天板にマジックで落書きが書かれていた。

 ブス、調子に乗るな、死ね、バカ、勘違い女、ビッチ等々。


 小学生の頃の忌まわしい記憶を思い出し、風太はめまいがした。

 結局こうなるのだ。

 いくら椿が強くなっても、陰湿ないじめがなくなるわけではない。


 また僕のせいで椿がいじめられてしまう。

 僕は疫病神だ。こんな顔、剥ぎ取って捨ててしまいたい!

 自己嫌悪の波が収まると、風太は激しい怒りに駆られた。


「青山さん!? なんでこんなひどい事をするの!?」


 昨日の今日だ。犯人は彼女以外に考えられない。そう思って風太は問い詰めた。


「ひどいのは花巻君の方よ! どうしてあたしを疑うの! なにか証拠でもあるっていうの!」

「そうよそうよ!」

「あたし達が来た時には最初からこうなってたのよ! あの女が花巻君と付き合った事はもうみんな知ってるんだから、誰がやったっておかしくないわよ!」


 取り巻き達と一緒に言い返され、風太は言葉に詰まった。


 そんなの、こいつらがやったに決まっている! そう思う反面、今まで振ってきた女子の事を考えると、他の子がやったとしてもおかしくない気もしてしまう。

 そう思うと、これ以上絵里達を責めるのは難しかった。


 そこに椿が登校してきた。


「おはようございます、風太君」

「つ、椿ちゃん!?」


 ハッとして、風太は椿の机に身体を被せた。

 そんな事をしてもなんにもならないのはわかっている。

 ……けれど、風太は大好きな椿の悲しむ顔を見たくなかった。

 風太の顔を見て、椿は事態を察したらしい。


「あぁ。落書きですか」


 事もなげに言うのである。


「……ごめん、椿ちゃん。僕のせいだ……」

「そんな顔をしないで下さい。私のせいで風太君が悲しむ顔は、もう見たくありません」


 眠たげな微笑を浮かべると、椿の手が風太の頭をくしゃりと撫でた。


「椿ちゃんのせいじゃないよ!」

「そうですね。私達のせいではありません。では悪いのは誰か。答え合わせをしましょうか」


 余裕の表情を浮かべると、椿は視線を絵里に向けた。


「なによ! あたしがやったとは限らないでしょ! 花巻君を好きだった子は他にも沢山いるんだから、誰がやったっておかしくないわよ!」

「そーよそーよ!」

「証拠もないのに人の事を疑わないでちょうだい!」

「証拠ならあります」

「えっ」


 椿の言葉に絵里の顔が引き攣った。


「こんな事もあろうかと、隠しカメラを仕掛けておきました」


 淡々と告げると、椿はポケットから携帯を取り出した。

 おもむろに再生した動画には、人のいない朝の教室で絵里達が椿の机に落書きをしている光景が収められている。


 それを見て、絵里達は蒼白になり、ぱくぱくと空を食んだ。

 風太は怒った。


「やっぱり青山さん達じゃないか! 嘘つき! 酷いよこんな事して! 最低だ!」

「ち、違うの花巻君! これは――」

「違わないよ! 椿ちゃんに嫌がらせをして嘘までついて、そんな人、大嫌いだ! 椿ちゃん! 先生に言おう! 青山さん達の親にも言って、叱って貰った方がいいよ!」

「いや、お願い、それだけはやめて!?」

「触らないで!」


 縋りつく絵里の手を風太は乱暴に払った。だってこの女は椿ちゃんに酷い事をしたのだ。許せない。汚らわしい。大嫌いだ!


「は、花巻君……」


 ショックを受けて絵里は茫然とした。いい気味だと風太は思った。君は加害者なんだ! 泣いて被害者ぶったって許さないから! 普段は温厚な風太だが、椿の事となれば話は別だ。


「安心してください、絵里さん。そんな事はしませんから」

「えっ」


 椿の言葉に風太は耳を疑った。


「なんで? どうして? こいつは椿ちゃんに酷い事をしたんだよ! 二度とこんな事をしないようにわからせないと!」

「風太君も落ち着いて下さい。私の為に怒ってくれるのは嬉しいですが、そんな風に怒っている風太君は見たくありません」


 諭すように頭を撫でられ、風太の憤怒も少しは落ち着いた。


「……でも僕、心配だよ。甘い事言ってたら、いじめても平気なんだって舐められちゃうかもしれないよ?」

「勿論、それについては考えがあります。強くなったと言っても、所詮は一人。私に出来る事はたかが知れています」

「一人じゃないよ! 僕がいるよ!」

「……えぇ、そうでしたね」


 嬉しそうに椿の口元が緩む。


「それでも二人です。きっと風太君は今も変わらずモテモテでしょうから、私の事を快く思わない相手は沢山いるでしょう。私達が心置きなく甘い青春を謳歌するには、便利に使える手勢が必要という事です」

「……あたし達を脅そうって言うの!?」


 ぎょっとして絵里が言う。


「まさか。私はただ、絵里さん達とお友達になりたいだけです。そして時々、ちょっとしたお願い事をするかもしれません。お友達なら聞いてくれますよね?」

「そんなの脅しと一緒じゃない!? 脅迫よ!?」

「そう思うのならどうぞ、親でも学校でも警察でも、お好きに相談されたらどうでしょう。その時は、こちらもこの動画をお見せする事になると思いますが」

「椿ちゃんに酷い事をしたんだ。選ぶ権利なんかないと思うけど!」


 うっと喉を鳴らす絵里に風太は言った。


 正直、椿の考えには賛同できない。こんな奴と友達になるなんて冗談じゃない。こういう奴は絶対に反省なんかしないし、裏切るに決まっている。


 けれど、昔から椿の方が頭はよかった。彼女に考えがあると言うのなら、余計な事をせずに協力すべきだろう。


「……わかったわよ! 嫌だけど、友達になってやるわよ!」

「それではまず、この落書きを消してください。早くしないと先生が来てしまいますよ」

「キィイイイイイ!」


 蝙蝠みたいな声で悔しそうに鳴くと、絵里は取り巻き達と必死になって机を擦った。


「なんであたしがこんな事しないといけないのよ!?」


 まったく反省していない絵里を見ていると、風太は不安になるばかりである。

 そんな風太を見て、椿はそっと囁いた。


「ご心配なく。裏切るのも計算ずくです。ちゃんと考えがありますので、信じてください」

「……もちろん信じるよ。どんな時だって、僕は椿ちゃんの味方だよ」


 それだけは、絶対に間違いのない事だった。

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