第3話 また二人で帰りましょう
「ちょっとあんたどういうつもり!?」
始業式が終わった後の放課後。
さっそく気の強そうなクラスの女子が取り巻きを連れて絡んできた。
「待ってよ! 椿ちゃんをいじめないで!」
クラス替えの直後だが、相手の顔には見覚えがあった。
なんにせよ、椿を守らなくては!
そう思って矢面に立つ風太の肩を、椿はグッと後ろに引いた。
「風太君は下がっていてください」
「でも!」
「この数年で学びました。いじめというのは、当事者が始末をつけなければなくなりません。風太君に守って貰ってばかりいてはだめなんです」
入れ替わるように前に出ると、椿は余裕の表情で絵里を眺めた。
「なによあんた、転校生の癖に生意気ね! 大体、花巻君は誰とも付き合わないのよ! いきなり告白なんかして、どういうつもりよ!」
「なにを寝ぼけた事を言ってるんですか」
「えっ」
椿の言葉に、絵里がキョトンとする。
「私は告白して、風太君ははいと答えました。聞いてなかったんですか?」
「き、聞いてたわよ! あれは、あんたが急にわけのわからない事を言うからびっくりしたんでしょ! 花巻君はね、学校一の美少女の告白だって断ったのよ!」
「だからなんですか?」
「な、なんですかって……つまり、そういう事でしょ!」
「一つ。学校一の美少女だからと言って風太君が付き合わないといけない理由にはなりません」
人差し指を立てて椿は言う。
「二つ。私は学校一の美少女にも負けません」
そこに中指を加えて。
「三つ。生意気なのはあなたでしょう。友達でもないのに馴れ馴れしく話しかけないでくれますか?」
薬指を立てると同時、真っ赤になった絵里が椿の頬をぶった。
「椿ちゃん!?」
「ご心配なく。ぶたせてあげたんです」
肩越しに言うと、椿は相手を見返した。
「な、なによ! やるって言うの!? こっちには仲間が――」
「口を閉じなさい。舌を噛みますよ」
「えっ――」
平手打ちと呼ぶには豪快過ぎる一撃が絵里を吹き飛ばした。
絵里は一発で気を失い、取り巻きの女子に支えられる。
「ちょ、あんた、なんて事するのよ!? 暴行よ! 傷害事件だわ!」
「あー、怖かったー。先に手を出された上に大勢で寄ってたかってリンチにされそうになってつい手が出てしまったー」
凄まじい棒読みで椿は言った。
「つまり、正当防衛です。まだ続ける気なら、幾らでも防衛して差し上げますが?」
ニコリともせず言いながら、椿はシュッシュと鋭いジャブを虚空に放つ。
「お、覚えてなさい!」
気絶した絵里を引きずって、取り巻き達が引き下がる。
「勿論。あなた達の顔は覚えました。なにかあったら、真っ先に疑いますのでそのつもりで」
逃げる背中がビクリと震えて、一人が足をもつれさせて転んだ。
唖然とする風太他二年一組の面々を他所に、椿がフンと鼻を鳴らす。
「二年一組の皆さん。改めて自己紹介をさせていただきます。私は風太君の幼馴染で恋人の月島椿です。文句のある方はいつでも相手をしてさし上げますのでお気軽にどうぞ」
眠たげな椿の目が、教室中を舐めるように見渡した。
視線に触れた生徒達が、ぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
「よろしい。では風太君、帰りましょう。久々に商店街のコロッケを食べませんか?」
「う、うん。いいね。折角だから、椿ちゃんが引っ越している間に変わった所を教えてあげるよ」
混乱しつつも、風太は必死に椿に合わせた。
椿が頑張って強い女を演じているのだ。
なら、彼氏の自分がおどおどしているわけにはいかない。
教室を去り際、風太はふと思い立って振り返った。
茫然とするクラスメイトを見渡して告げる。
「そういうわけだから! 僕は椿ちゃんと付き合う事にしたので、絶対に邪魔しないで下さい!」
脅されているとか弱みを握られているとか、変な誤解が生まれたら嫌だ。
だから風太は念を押した。
「……ありがとうございます」
「当然でしょ。僕は椿ちゃんの……か、彼氏なんだからさ!」
数年ぶりに口にしたその言葉は、生クリームみたいに口の中で甘く溶けた。
ぱちぱちと瞬きをする椿の目に、薄っすらと涙が光る。
強がりな癖に泣き虫な所は相変わらずらしい。
「そうだ。お肉屋さんのコロッケ、新メニューが増えたんだよ?」
「……それは楽しみですね」
そして二人は数年ぶりに一緒に帰った。
†
「なによあの雌豚! こんなの間違ってる! あたしは絶対諦めないわよ!」
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