第6話「制服」

 されるがままに、冬子はブレザーとカーディガンを脱いだ。教室には暖房が掛かっているから別に寒くはないけれど、窓から見える外はすっかり冬らしく、どうにも寒いような気がしなくもない。

 冬子は一つ欠伸をこぼして、されるがままに両手を真横にあげた。

「やっぱりさ、サイズからだよね、まずはね」

 恵と佳恵が、三人以外には誰も居ない教室で、冬子のスカートに手を掛ける。

「え」

「うーん、折る? でも、ウエストが微妙にあってないよね、とろ細いから。無理やり絞ってなんか変な皺になってるし」

「ヨッシーのスカート穿かそう」

「よし」

 会議が終わると、佳恵はなんの躊躇いも無くスカートを脱いだ。あっ、と思ったけれど、佳恵はジャージを中に穿いていたようで、ベストの下に半ズボンという、なんだか情けない恰好になった。

「はい足上げて」

 足を持たれて、片足を佳恵のスカートの中に入れられる。ついでもう片方の足も入れられ、冬子のスカートの内側にスカートを入れ込むと、今度は冬子のスカートのフックを外して脱がす。

「これでもちょっと大きい?」

「さっきよりマシでしょ」

 冬子は微妙な顔をして下を見る。腰を少しだけ折って覗き込めば、同じデザインの少しだけ短いスカートがそこにはある。ぱっと見は、何も変わっていないが、今まで隠れ切っていた膝の下半分が見えていた。

「さらに」

 恵がスカートのウエスト部分をぐっと広げるようにして持ち、外側に一つ、二つと折る。ポケットの裏地が少し見えているのが気になったけれど、どうやらそれは気にしないらしい。

「これはいい感じなのでは?」

「ニーハイとか欲しくない?」

「それは欲張りすぎ」

「そうかな」

「キモいよ」

「ぴえん」

「キモ」

 二人の会話を聞き流しながら、冬子は自分の腰回りを見る。普段の制服が大きい分、身体の線にあったものを着るとちょっと痩せたように見える。結構着太りしてるんだなぁ、と、なんとなく思った。

「うーん、やっぱ上も身体の線を出した方がオシャレじゃない?」

 やはりゆったりとした大きさのワイシャツを、佳恵が下に引っ張る。

「いや、ダメ、それは、ダメだ。煽情的すぎる」

「何、煽情的って」

 思わず、冬子は口を挟んだ。

「なんでモヤシしか食ってないのにそうなるの?」

「……さあ」

 こて、と冬子は首をかしげて、佳恵の手をワイシャツから引きはがした。

「遺伝なのか?」

「そうなのかな? 知らない……けど」

 冬子は自分の身体を見る。自分は誰かに似ているのだろうか。

 顔を上げると、あ、と恵が呟く。

「ネクタイだ、ネクタイ、リボンじゃなくて」

 さっと恵が近づいてきて首元に手を遣ると、すぐにリボンを持っていかれてしまう。そのまま、恵は自分のネクタイを外して、冬子のYシャツの襟を立ててネクタイを結び始めた。

「うーん、人のネクタイ結ぶのって難しいな?」

 暫く前から挑戦していた恵は、出来ないと分かると、冬子の後ろへ回って、後からネクタイを結び始めた。恵の方が冬子よりも背が高いから、それほどやりにくそうでもない。

「とろはネクタイ結べないんだもんね」

「え、結べないんだ」

「ネクタイ、持ってない」

 正装はリボンだから、冬子はネクタイは買っていない。中学の頃もそうだったから、結局ネクタイの結び方は知らない。中学の頃、クラスでネクタイを揃える、みたいなときには、恵から借りて、恵はさらに他の誰かから借りる、といったことをしてやり過ごしていた。

 少し結び目の大きいネクタイが出来上がると、ネクタイを緩め、Yシャツの首元を広げられる。恵は満足そうな表情を浮かべると、前側に立って、じっと冬子のことを見た。

「うーん、いい感じ」

 冬子は立ち上がり、窓際に移動する。少し、外が見たかった。

 校庭では野球部が活動していて、その周りを、多分男子のバスケ部が走っていた。

「髪か」

「長いよね~」

 ぼーっと眺めていると、今度二人は、冬子が後を向いているのをいいことに髪の毛を弄り始める。

「とりあえずポニテしとく?」

 ぐい、と髪が引っ張られる。少し後ろに身体を逸らしながらも、あまり気にしないようにする。

「癖あるからやっぱ王道かなあ?」

「三つ編みは?」

「あー、アリ」

 伸びた髪は冬子の視界の外でゆったりとした具合の三つ編みになっていって、気づけば綺麗にまとめられていた。恵が、後から三つ編みを写真に撮って見せてくれる。自分では髪をまとめる以外の目的で弄ることなんて殆どないから、なんだかちょっと新鮮だ。偶にはこういうのもありなのかな、なんて思う。とはいえ、長いせいで自分では三つ編みなんて出来ないのだけれど。いつの間にか後ろ髪は腰ほどまで伸びてしまっている。

 頭を振ると、髪が固まりで動くのが少し面白い。冬子は暫く、ゆらゆらと頭を揺らしていた。

「幼女を見てる気分になる」

 佳恵が、そう呟く。

「なんで?」

「いやほら、なんか、小さい子ってよく動くじゃない?」

 確かに、と思いつつ、冬子は外を見るのをやめて振り返る。もうそろそろクリスマスが近づいていて、教室は誰かが少しずつクリスマス仕様に近づけていた。クリスマスが近いということは、二学期も終わるということで、そうしたら、すぐにお正月になる。一年なんてあっという間だ。

 冬子は、自分のことをじっと見つめている佳恵と、暫く目を合わせていた。

「とろちゃん、眼鏡とって窓際に座って」

 佳恵はそう言うと、窓際の机をズラして、椅子だけ一脚置く。

「ここ、ここ」

 言われた通りに、冬子は椅子に座る。恵は少し離れたところから、ちょっと呆れた顔をして冬子と佳恵のことを見ていた。

「あ、いい」

 パシャリと、佳恵のスマホが鳴る。

「え、じゃあさじゃあさ、ちょっと足組んで」

 言われた通り、右脚を左脚の上に乗せるようにして足を組む。スカートがいつもより短いから、なんだか心もとない。

 また、シャッター音がなる。数枚とると、今度佳恵は後ろに回った。

「あ、いいなぁ、黄昏って感じ」

 実際、丁度黄昏時だ。冬の日は短くて、斜陽のオレンジ色の光が教室には差し込んでいる。

「窓枠、窓枠に肘ついて、そう、あ、で、そこにあの、手に顎載せて! そうそう‼」

「楽しそうだなぁ」

 恵は机の上で胡坐をかき、右手を太腿に立てて顎を載せるような体勢で、冬子の方を見ている。足の間からはジャージが見えていて、少しだけヒヤヒヤした気持ちになる。それから、佳恵はそもそも今スカートを穿いていないな、と思い出す。

 ――だったら、いいのかな。

 パシャパシャとシャッター音が鳴って、暫くすると佳恵はまた前側から写真を撮り始めた。

「あ、眼鏡、眼鏡アリも欲しい」

「そんなに写真撮ってどーすんのさ」

 恵の呆れた声を、佳恵は一切無視して冬子に眼鏡を渡す。冬子は眼鏡を掛けて、また同じように外を見た。写真なんてあまり撮ることもないから、楽しい。

「うーん、最高にJKって感じがする。ブレザー着よう」

 冬子はまたされるがままに、ブレザーを羽織った。前のボタンは付けずに、開いたままになっている。

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~JK‼」

「そりゃJKでしょうよ。だってJKなんだから。てかヨッシーだってJKでしょ」

「いやいやいや違うよそういうことじゃないんだよ、如何に女子高校生と言ったってそういう肩書があることと概念としてのJKはまったくの別物で被写体としてのJKとしてこんなに完成した存在はなかなか――」

「はいストップー」

「むご」

 佳恵の口を、恵が思い切り塞ぐ。暫くもごもごして、佳恵は諦めたらしく口を閉じた。

「なんか、癖毛も相まってギャルっぽいね。スカート短いし。ってか足細、なにそれ、棒?」

「それは貶してんじゃん」

 冬子は自分の足を見る。確かに、二人と比べると細いかもしれないが、ただ不健康なだけにも思える。それなら、胸だけじゃなくてちゃんと全身がほどほどに太いほうがいいなあ、とも思った。世の中、どうにも上手くいかない。ただ、いざというときに蓄えがあると思えば、それはそれでいいのだろうか。

「こうやって見ると、あんまりとろ感ないね、とろちゃん」

「……とろ感ってなに?」

「うーん、なんだろうね?」

 佳恵は冬子の座る椅子の近くにある机に座って、スマホを冬子に向けたまま考え込んだ。

「あ、雪」

 冬子がそう呟くと、二人も窓際までくる。空からはちらちらと、小ぶりな白い雪が落ちてきていた。外で部活動をしている生徒たちも、みんな空を見上げている。

「とろちゃんは雪が降ったら外で遊ぶ? それともこたつで丸くなる?」

「雪かき、かなぁ」

「うわ、なんかリアルでやだ。恵は?」

「私は、雪だるまを作る。そういうヨッシーはどうなの?」

 佳恵の顔を眺める。佳恵は顎に右手を添わせて考えて、それからやっぱり、と窓を開けて言う。

「写真撮るかなぁ」

「好きだねぇ」

「だって、面白いじゃん?」

 まあ、確かにと、恵が相槌を打つ。

「もし積もったらまたとろちゃん被写体んなってよ」

「うん、いいよ」

 冬子は冷たい風のあたる頬を両手で挟みながら答える。

「あ、それとそれと、さっき撮った写真でいい感じのやつ、インスタにあげていい?」

「インスタ」

 鸚鵡返しに冬子が聞くと、恵のスマホが冬子の前に出てくる。

「こういうの。写真とか上げるやつ」

「……へえ。いいよ、全然」

「いいの?」

 うん、と冬子は頷く。別に、困ることはない。

「ちゃんと鍵垢だから安心して」

「鍵垢」

「鍵垢ってのは――」

 恵の、インスタ講座が始まる。冬子の目線の先には、未だ下半身が半ズボンのままの佳恵がいた。

 ――寒くないのかな?

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