冷たく温かい抱擁
「それにしても、よく懐いてるね。そんな過去があっても」
「──ほら、私は手足がないでしょ。だから危害を加えられないと思って甘くみてるのよ」
気持ちよさそうにケイレブは目を閉じ、クレアラが義手で優しく撫でる感覚に気持ちよく浸っている。
ケイレブの様子からは、一切そんな風に思っているようには見えなかった。
「ありがとう──あのままだと僕は灰になってたと思うから……」
「そうね、きっとそうなってたわ」
「……辛い思いをさせてゴメン」
「馬鹿ね……。傷つけられた方が謝ってどうするのよ。貴方は本当に、あの頃から何も変わってないのね」
「そうかな、随分と変わったと思うけど」
「少しは見た目が変わったくらいよ。いつでも私の側にまとわりついて、向いてないくせに一生懸命に私と一緒に子供達の面倒を見て。でもうまく面倒見れないから失敗して、いつも私に謝って──だからもう一人分、余計に世話を焼いてる気がしてたわ」
「子供達の面倒を見るのは苦手だったもんね。みんなとどう接して良いのか分からなかった。だから僕もみんなの役に立って認めてもらいたかった──でも最初のころの話だろ」
「いいえ、変わらなかったわ。最後まで。最後まで私は貴方に世話を焼いてた気がする。五年も経ったら、貴方は自分一人でなんでもできてたのにね……」
「それが嬉しかったよ。クレアラは僕の事を見てくれているって」
「──私、どう思ってたのかしら……もう当時の事はしっかり思い出せないのよ。ずっと憎しみを絶やさずに生きてきたから──」
「復讐なんて止めない?憎しみだけで戦うクレアラの姿を僕は見ていたくない」
「憎しみだけでしか戦えないのだからしょうがないのよ──憎しみを捨てたら私の手足は本当に無くなる。そう考えるだけで怖くて仕方ないの」
「少しだけど気持ちは分かるよ」
「そうね、四分の一は理解できるようになったでしょ──このままここに居たら残りの四分の三も理解することになるわよ。その前に、死んでしまうと思うけど……だから逃げなさい。今なら、まだ間に合うから」
「僕はそれでもクレアラの側を離れたくないよ」
「聞き分けのない子ね。昔からずっと……嫌いじゃなかったわ。そんな貴方が──。でも、今のは私には邪魔なのよ。貴方がいると体を焦がす憎しみの炎が弱くなるから」
「僕もケイレブと変わらないよ。彼が居るようにもう一人くらい君の側にいる存在が増えたって良いじゃないか」
「その言いかたは狡いわよ……私にはこの子だけで十分。十分すぎるくらいよ」
クレアラがケイレブを優しく抱く。
「それでも僕はクレアラを守りたい」
「守られる儚くて弱いクレアラは死んだわ。居るのは貴方の心の中にだけ……大事にしてあげて、もうそこにしかその子は居ないのだから」
僕は彼女に近づき、体にそっと手を伸ばした。もしかしたら振り払われるかもしれないと思ったけど、彼女はそうしなかった。
そのまま左手を回してギュッと抱きしめる。冷たくて硬い義手と、柔らかくて温もりを持つクレアラのチグハグな感触と体温が、僕の左手と顔に伝わってきた。
「僕の中に昔のクレアラは居て……それは確かに大切な存在だけど、でも、目の前に居るクレアラも大切な存在だ」
彼女は目を閉じながら見上げるように天井に顔を向ける。
「馬鹿ね……」
と、そう彼女は呟いた。冷たい言葉ではあったけど、そこに込められた感情は冷たくなかった──
僕は暫くの間そうしていたらクレアラが僕の髪を優しく撫でる。特に何か言葉を掛けてはくれなかったけれど、僕はそれだけで嬉しかった。心の中が温かくなった。
どれくらい経っただろうか──ケイレブが鼻を鳴らす。ご主人様を取られたように感じての嫉妬だろうか。
「アイル……今日はもう休みましょう。色々ありすぎたのだから──ね?」
僕はクレアラから体を離す。
彼女は僕から視線を逸らすように斜め下に視線を降ろして、乱れた自分の髪を流すように整える。
ケイレブが彼女から離れて歩き始めると、僕の横を通り過ぎて扉の横に座り込む。
早く出ていけという意思表示だろう。確かに賢い犬だ。
僕は彼女の言葉とケイレブの行動に素直に従い、精一杯の笑顔を向ける。
「お休み。また明日。それと、寝てるときに押しかけてゴメン」
そう告げてクレアラの部屋を後にした。
必要なのは言葉ではなくて行動だ。それをクレアラに示すしかない。
いつか時が経てばもっと高性能の工学で作られた精巧に動く義手と義足が出来るはずだ。それまで生きていたら、きっとクレアラだって復讐だけを胸に生きなくて済むと思う。
その日が来るまで、僕は何としても彼女のことを守りたい。
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