垣間見える過去の姿

 クレアラはテーブルの上に置いてある呪義手に手を伸ばして、左の呪義手を取り付ける。それに続けて、両足の呪義足も取り付け始める。ケイレブは彼女の前に来ると、お尻を床に付けて座る。


「ケイレブに襲われなくて良かったわね──」

「君の言葉が理解できるおかげで助かったよ」

「賢い子でしょ」


 呪義足を装着し終わったクレアラを見届けたケイレブが、急にクレアラに飛びかかった。

 その巨体に勢いにあらがえずクレアラはベッドに押し倒される。


「ちょっと、ケイレブ止めなさい!」


 ケイレブは構わずにクレアラの顔を舐めながら、体を彼女の体にすり寄せて来る。それは間違いなく撫でて貰いたがっている仕草だった。ケイレブは待っていたんだろう。義手と義足を装着して、いつものようにじゃれ合ってくれるのを。


「分かったから、ケイレブ。後で撫でてあげるから、離れなさい」


 ベッド上でじゃれ合うようにしている彼女とケイレブを見て、僕の沈んでいた気持ちが軽くなる。これが本来の彼女の姿なのだろう。まるでたくさんの子供達に囲まれながら、忙しくも甲斐甲斐しく手を焼いていた、あの時のクレアラの面影が脳裏に思い出される。


「ほら、もう良いでしょ? まだなの?今日だけは遠慮して欲しいんだけど」


 じゃれつくケイレブをベッド上で優しく体を撫で回しながら、ケイレブが満足して落ち着いてくれることを懇願するその姿を見て、僕は可笑しくなった。


「なにが面白いのよ、不愉快だわ」

 クレアラが怒った表情を見せたからか、ケイレブの首がうなだれ尻尾を下げる。シュンとした態度に変化する。自分が怒られたのかと思ったのだろう。


「違うわ、ケイレブ。貴方には怒ってないの」

 クレアラは優しくケイレブを見つめ、頭を撫でる。ケイレブはそれに反応して喜んだ表情へと変わる。尻尾が跳ね上がり喜びを表すようにフリフリさせる。そしてクレアラの顔をまた嘗め回す。


「あーもう! 大人しくしなさい」


 クレアラは起き上がり、ケイレブの顔を抱くように胸に近づけて優しく撫で始める。それをやってもらいたかったのかケイレブも素直にクレアラに体を預ける。

 暫くの間、クレアラがケイレブを優しく撫でている姿を、僕はただじっと見ていた。


「それで、何か用かしら。まだ突っ立てると言う事は何かあるんでしょ?」

「お礼を言わなくちゃと思って」


「お礼? もしかして腕を切り落としたことじゃないでしょうね?」

「いや、そうだけど……」

「腕を切断されてお礼を言いたいだなんて大丈夫? どこかで頭をぶつけたの?」

 

 ケイレブがクレアラの言葉から不穏な感情を読み取ったのか悲しそうにクゥーンと鳴いた。落ち着けるように自分の顔をケイレブの顔に近づけ寄り添う。


「ごめんね、ケイレブ。この子は虐待を受けてたから臆病なところがあるのよ」

「もともとクレアラが育ててた訳じゃないんだね」


「えぇ、ルーベスが拾ってきたの。誘拐してきたって言っても良いのかしら。ろくでもないブレサイアの飼い主を狩った時にこの子を連れてきた。これだけの大型犬だし目に傷もある。引き取り手もないだろうからって言ってね」

「案外、ルーベスにも人の心があるんだね」

「そうね、見かけよりは優しい人よ。頑なに人を寄せ付けたがらないけどね」

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