失望
落ち着いた光量の照明に照らされた部屋の中、ベッド上で僕は目を覚ました。
ズキズキとうずく鋭い痛みが、肘から先に走っている。反射的に僕は腕を押さえようとした。しかし僕の左手には何の感触も感じない。なにもない空間を掴もうとしていただけだ。
──そう言えば右腕は切り落とされたんだ……。
確かにそれを目にしたのに記憶の中では現実感がない。僕は右手を目に見えるように高く持ち上げて、現実を直視するように右手に目を向ける。その肘から先には包帯が撒かれている。その包帯の先には先には何もない。あるはずの右腕の先に、ただ天井が見えていた。
分かっていたことなのにショックで体全体に寒気が走る。ガタガタと体の芯から震えが僕の体を襲う。目を閉じても現実は変わらないのに、僕はその現実から目を逸らしたくて目を閉じる。痛みで朧気だが、まだ右手が存在するように感じる。
感覚の中では手を開いたり、握ったりする感じが残っているのに……
「ご気分はいかがですか?」
レニエが僕に歩み寄り、優しい口調で僕に具合を尋ねる。
いかがも何もあったもんじゃない。自分の人生を振り返っても最悪の気分だ。
部屋の中を見渡す。クレアラも少し離れた場所で、車椅子に腰かけてこちらを見ている。
「痛くてしょうがない……」
せめてこの痛みをどうにかして欲しくて、レニエにそう答える。
「鎮静剤を増量しましょう。今はお休み下さい」
レニエは鉄製の小さな台車の上から注射器と小型の薬品の入った瓶を取り出した。その瓶の中に注射器の針を差し込む。その液体を吸入すると、小瓶を台車の上に戻す。僕に歩み寄り右腕を優しく支えると、肘にある血管に注射針をさした。チクリと痛む。けれど切断された腕の痛みに比べれば、なんでもない痛みだ。レニエが注射器のピストンを押して液体を注入していく。僕の肘に冷たい液体が流れ込んでくるのが分かる。
「痛みはどのくらい続くの?」
「その呪いの強さ次第です。その憎しみの強さ次第では、永劫に身を焼き続けるでしょう」
淡々と告げたレニエのその言葉に僕は愕然とする。
「これがずっと続くの?」
「わからないわ、だから教えて頂戴。私の憎しみがどれほどのモノか」
「ガーデニア様──」
「子供が火遊びをして火傷しただけよ?関わるべきじゃなかったの。貴方はね……」
クレアラは仮面越しに額を覆いながら言葉を続ける。
「今からでも間に合うわ、片腕を失うだけですんだことに感謝すべきよ。だから……ここから去りなさい」
最初の言葉とは裏腹に、後に掛けてくれた言葉と仕草にはクレアラなりの苦悩が感じ取れた気がした。
彼女はそれ以上何も言わずに、電動車椅子を操作して扉の前に向かう。一度ドアを開けるのに邪魔にならない位置に車椅子を止めて扉を開ける。そして振り返ることなく、そのまま部屋を出て行った。
「アイリー様、ガーデニア様に対して失望しないでくださいませ。今のあの方なりの精一杯の優しさなのです」
多分そうなんだろう。でもそれを実際に言われてしまうのはショックだ。
昔のクレアラの面影はいつでも優しかったのに、今のクレアラの冷たさが余計に際立ち、僕の心を蝕む。どこにもそんな心はなかったはずなのに、クレアラのことを嫌いになってしまいそうな、淀んだ暗い影が僕の心にこびりつく。
鎮静剤が回ってきたのか、急に眠気が襲ってくる。眠ることでなにか解決するのかと疑問に思いながら、僕は暗闇の中に落ちていった。
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