油断

──その時、右手の外側に痛みが走ったふいにふいにふいに痛みが走った右手を見る。舞台上に座っていたはずの人形がいつのまにか移動していて、僕の右手に噛みついている。


 とっさに僕は腕を振ってその人形を振り払おうとした。しかし、その体から想像できない力で掴まれていて、振り払うことができない。仕方なく右手に持っていた銃を左手に持ち変えて、人形の頭部に向けて銃弾を発射する。


 だが弾丸は人形に当たらずに床へと着弾する。

 銃を撃つ瞬間に人形の姿が消えたのだ。

 人形がブレサイアのように転移した⁉


 一瞬の内に、僕達から離れた肉片が転がっている場所に人形は立っていた。

人形が動くだけで目を疑うのに、ブレサイアと同じ能力を持っていることに二重に驚く。


「本当はそのつもりもなかったのだけど。余りに美味しそうで──我慢できなかったわ」

 

 しかも人形が喋るのかよ!


 僕は人形にむけて銃を放つ。しかし人形に当たる直前で赤黒い炎に包まれて、弾丸が消失する。一体コイツはなんなんだ。


 人形が口元に向かって手を添え、僕に向かって何かを吸うような仕草を見せる。

 その瞬間、僕の右手の痛みが増す。右手には赤い紋様が浮かび上がり、噛まれて出血している部分から大量の血が噴き出ると共に白い光が漏れるように出ている。


 光の粒子は一直線に向かって人形に口元に向かって流れ込んでいった。

 これは──祝福を吸われているのか⁉


 僕の右手が徐々に灰に変わり、形が崩れていく。僕は半ばパニックになりながら人形に向けて銃を放つ。しかし赤黒い炎が壁となり弾丸は虚しく燃やしつくされる。


 ルーベスは転移して人形を切りつけようとするが、人形も再び転移してルーベスの剣をかわす。再びルーベスが転移して追いかけるが、いたちごっこのようにそれが繰り返される。

 

 その間も、僕の右手から血と白い光は人形に向かって流れ続けている。

 右手は完全に灰に変わり、腕をどんどん昇るように灰化が進む。

 

 ルーベスは転移を止めて人形を追いかけるのを諦める。そして今度は僕の前に転移した。

 彼は僕の消えゆく右腕を見ながら、剣を上段に構える。

 

 彼が何をしようとしたかすぐに悟る。彼は僕の腕を切り落とそうとしているのだ。


 しかし、一向に振り上げた剣を振り下ろさない。仮面に隠されて顔は見えないが、彼が迷い戸惑っていることが、その体全体から伝わった。


 その瞬間、別の方向から僕の右腕に衝撃が走る。

 クレアラの赤の三日月によって、ジャケットの袖ごと、僕の肘から先の右腕が切断され、焼かれたような熱さと痛みが僕の右腕に走った。

 

 僕はその痛みに耐えかねて叫び声を上げながら地面に倒れこみ、右腕を押さえてうずくまった。


「残念ね、もう少し味わいたかったのに」

「その声、貴様──アデラインだな」


 憎々し気にルーベスが人形に向けて、初めて聞く名前を呼ぶ。


「あら、母親の名前を呼び捨てにするなんて悪い子ね、ルーベス」

「どおりでブレサイアの増殖が止まらなかったわけだ」


「そうだったかしら?記憶にないのだけど。それより私を殺してくれてありがとう。親孝行ものね。こんな体にしてくれたのだもの。お返しに貴方も同じように人形に変えて、可愛がってあげるわよ、ルーベス」

「遠慮しておこう。人形を可愛がるのは子供の役目だ」

「男の子はすぐ壊してしまうから、私も遠慮しておくわ」

 

 アデラインと呼ばれた人形が転移をしてその場から消える。

 ルーベスもその後を追うように転移した。

 

 クレアラは僕の姿を見下ろすように、ただただ立っている。彼女が何を考えているか僕には分からない。その仮面に隠された表情と同じように、心も隠されてしまっている。僕はその姿に冷たさを思わず感じてしまう。

 

 彼女とは対照的に、レニエはすぐに僕へ駆け寄って切り裂かれたジャケットの袖をめくり傷口を確認する。本当に焼き切られたかのように血は流れていなかった。けれど肘から先がなくなった僕の右腕を目の当たりにして、背中を悪寒が走る。


 目眩が僕を襲う。視覚的にも精神的にも現実を直視できない。


「レニエ、出来ることは?」

「ありません。せめて痛みを止めることくらいしか……」

「そう……なら車に戻らないとね」

 

 クレアラの言葉には感情がこもってないように冷たく感じる。


「アイリー様、歩きましょう」

 レニエが僕の体を支えるように肩を支えて、外に停めてある車に向かって歩き出した。

 

 痛みと目眩のせいで、足取りがおぼつかずフラフラとした足取りになってしまう。徐々に視界が暗くなり狭まっていく。そして遂にはノイズが走ったように目が見えなくなって、次第に意識は薄れていった。

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