司祭バーディクト

 僕とクレアラが同時にその扉を開く。

 

 その瞬間、中に居た複数の人間たちが悲鳴を上げながら僕達を押しのけて外に飛び出す。僕はその勢いに押し倒されそうになりながらも、その人の波をくぐり抜けていく。

 

 ようやく逃げまどう人の波が収まったフロア。音楽が響く中でグリーンやレッドなどの何種類ものレーザーライトが降り注ぎ、光が踊り狂っている。

 

 その輝きに照らされる中に、その場に似つかわしくない高級そうなフォーマルなスーツ姿の7人の男女。そして一人だけ司祭服を身に着けた男が立っている。そして一メートルほどの大きさをした、更に場にそぐわないドレスを纏った女性の人形が、一段高い舞台上の椅子に座らされている。


 床には小さな山を作った灰が、そこら中に積もっていた。


これは全て、ほんの少し前まで人間だった成れの果てなのだろう。


 それを理解した瞬間、僕の心の内に怒りが湧き上がる。その怒りを制御できず、ジャケットの中からコンパクトミラーを取り出すのではなく、テーザー式ショットガンを床に捨ててジャケットの内のホルスターからハンドガンを思わず抜いてしまった。


 しかし、ためらいが生れ銃を撃てない。状況はここにいる相手がブレサイアだと示しているが、本当に相手がブレサイアか自分の目で確認していない。いつものように鏡を使ってキッズ・イン・ザ・ミラーの存在を確認するべきだった。そのことが僕の心に戸惑いを生んでしまった。


 銃口の先に居る人物の5人は動揺する反応を見せたが、残りの3人は動じる様子がない。そいつらは間違いなくブレサイアだろう。しかも何度も人間を喰らった奴らに違いない。


「興覚めだな。せっかくのパーティーだったのだが」


 司祭服のブレサイアであろう男がそう僕らに毒づく。


「ここで会えて嬉しいよ、バーディクト。パーティーはこれからだ。存分に楽しもう」

 

 ルーベスは、その司祭らしくない整髪剤で髪をオールバックに固めた茶髪の男のことを知っているらしい。どうやら因縁がある相手なのだろう。


 ルーベスが仮面の側面に触る。その手の先にはボタンのようなスイッチが取り付けられている。どうやらそれを操作したらしい。


「確認した。コイツらは全員ブレサイアだ。安心して殺していい」


 ルーベスがポケットから生首の飛び出た樽のミニチュアを取り出し、巨大化させる。


 自分の目で確認していないから確証が持てず半信半疑だったが、まず間違いないと判断して僕はこの場を仕切っているバーディクトと呼ばれた男に向けて銃を放つ。

 

 しかし弾丸は男に着弾することなく、青白い炎となり銃弾が燃え尽きる。


 僕の攻撃は一切に無駄に終わったが、少しホッとする。相手がブレサイアであることには間違いなかったから。


 「やる気がないなら帰りなさい!」


 クレアラが赤の三日月を巨大化させ鎖を伸ばす。そのまま振り子の力を利用して巨大な三日月の刃をブレサイア達に向けて真横に薙いだ。


 何人かのブレサイアがすぐに祈り、奇跡を行使してその場から消える。祈ることに慣れていなかったのか、一人の男が三日月の刃に両断されて塵と化す。

 

ルーベスが樽から剣を引き抜く。転移した相手を追うように自身も転移し、スーツを着たブレサイアの男の背後に現れ、背中に剣を突き立てた。剣を突き立てられた男も血を流すことなく塵となる。


 僕も攻撃に参加するべく相手へと距離を詰める。どうせ離れた場所から銃を撃っても当てられない。それなら接近戦を挑んで、祈る暇を与えず倒すしかない。


 隣にはレニエが並走していた。彼女は両手にナイフを構えている。


 僕と同じ戦い方をするつもりなのだろう。ブレサイアの男の一人に近づくと、ソイツは転移してその場から逃げる。

 

 再び転移した場所にレニエが瞬時にナイフを投げつける。再び祈って奇跡を行使する暇もなく、ソイツの喉と胸にナイフが刺さる。間髪を入れずにメイド服の中からナイフを両手で4本ずつ。合計8本取り出して再びナイフを投げて相手を串刺しにする。さすがに8本のナイフを受けては治癒する暇もなく絶命し、体が塵へと変化する。8本のナイフが乾いた音を立てて地面に落ちた。

 

 僕が銃で狙いを付けて銃を撃つより早くナイフを投げて命中させるなんて、どんな反射神経をしてるんだよ、この人は⁉

 

 しかも続けざまナイフを投げる姿を見たところ、容赦というものは家にでも忘れてきたようだ。

 

後で狙いをつけるコツを教えてもらおう。

 

でも今は、コイツ等の相手をすることに集中しないと。

 

僕はまた別のブレサイアに目標を変えて銃を構えながら駆け寄る。

 

 転移することが安全ではないと判断したのか、二人のブレサイアはその場で跪き、祈りを捧げる。隙だらけだが銃では相手の体に届く前に弾丸が燃え尽きてしまう。

しかし相手が僕だけならいいが、残念ながらそうじゃない。


 その二人のブレサイアの後ろに転移したルーベスが、二人に向けて剣を振るう。奇跡より呪いの方が効果は強いのか、それとも彼の憎悪のなせる業なのか、彼らは奇跡に守られることなく切り裂かれて塵へと変化する。


 その間に、他のスーツ姿のブレサイア達が祈りを捧げる。

カラフルな床成分を元に形作られた2メートル大のゴーレムが召喚される。床はその


 二体分の質量を失い、ぽっかりと大きな穴が空く。


残りはブレサイア3人とゴーレム2体。

 

 僕はゴーレムの膝を銃で撃ちながら相手の態勢を崩し、後ろの首筋にあるEの文字だけを狙い撃つ。METHの文字だけとなったゴーレムは体を維持できなくなり文字通り崩壊する。ゴーレムは残り一匹。僕は後ろに下がりながらゴーレムと一定の距離を取り、また同じように膝を狙って銃で狙い撃つ。何発か命中したところで銃が弾切れを起こし、虚しく空打ちする音が響く。ゴーレムが僕との距離を詰めて掴みかかって来る。


 僕はその伸ばした腕の外側に逃げながら、膝を蹴って態勢を崩そうとする。

 

 だがビクともしない。構わずにゴーレムが僕に襲い掛かろうとする。

 

 どうにか隙を作ってリロードする時間を稼がないと──


「失礼します」


レニエが僕を押しのけてゴーレムの眼前に向かい合う。ゴーレムがレニエに向かって  

顔を握りつぶさんばかりに、彼女の顔に向けて手を伸ばした。

 

レニエはその腕に触れるように両手を添えてゴーレムの外側に回り込むその腕を掴んだ。その瞬間、ゴーレムが前方に回転するように勢いよく地面に倒れた。


「それではどうぞ、思う存分に」


僕はゴーレムが倒れている隙に銃のリロードを行いながら、起き上がったソイツに歩み寄って首元のEの文字を撃ちぬく。


「お見事でございます」

見事なのはレニエの方だ。全くもって皮肉にしか聞こえない。


彼女にそんなつもりはないのかもしれないのだけど。

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