十秒後
ロンドン市内の裏道を通り、人も車の流れもなくなってきた場所に、一つ明るく輝くネオンの看板がぶら下がっている。そこに近づいたところで車が減速しゆっくりとそばを通る。
ここはクラブだろうか。若者向けのクラブとしては不釣り合いの高級そうな車が何台も前に止まっている。その車の周りや、クラブの入り口の辺りに黒服を着た屈強そうな男達が何人も立っていた。
突入する前にいきなりの山場だ。下手な動きをしたら銃を撃たれかねない。
もし銃を撃ったり、撃たれたりすれば騒ぎになる。
そうなったら中にいるブレサイア達は逃げ出すかもしれない。
どう動くのが正解か……
生憎、人は殺したくない僕にとっては、普通の人間の方がブレサイアより厄介だ。テーザー式ショットガンなら消音性は高いが、リロードに難点があるのが玉にキズだ。
こちらが二発目を撃つ間に、相手は何発も撃ち返してくるだろう。
レニエは車を止めずクラブの前を走り去る。
「十人弱と言ったところだったな」
「えぇ、一分頂ければ片づけて参ります」
「三十秒で済ませる。俺も加わろう」
「血の量は問題ございませんか?」
「ブラッド・カスクの量は心配ない。輸血分も持ってきた」
クラブから少し離れた脇道に車を止め、ライトを消す。
「かしこまりました。では先に行って参ります」
レニエが運転席から降り、闇夜に紛れて姿を消す。
「お前らはここで待機だ。俺が行動してから30秒数え終わったら歩いてこい」
車内の中で沈黙が暫く続く。それが少し続いた後、ルーベスが仮面を片手で押さえ、一人ごとを話すように口を開く。
「あぁ、見えている。10秒後に行動開始だ」
レニエがルーベスの目の代わりになるカメラでも持っているのだろう。口ぶりからはそんな風に感じられる。ルーベスがコートのポケットからミニチュアの樽に入ったシュランケンを取り出す。
きっかり10秒経った瞬間、ルーベスの姿が車の中から消えた。
クラブの前まで転移したのだろう。闇に包まれた車の中、静寂が訪れる。
聞こえるのは僕の心音と、時折クレアラ僕の吐く呼吸の音だけだった。
暫く経った後クレアラが「30秒経過したわ」と車のドアを開けて外に降り立った。
それに続き車から外へ出る。彼女は警戒することもなくクラブに向けて歩き始めている。その後ろ姿に追いつくように小走りで追いかける。
「この距離を歩くのが面倒ね。もう少し近くで止めてくれたら良かったのに」
無駄な力を消費したくないという意味で言っているのだろう。なにせ隠れ家からヴィクターズショップの店外に出る距離でも電動の車椅子を使用していたくらいなのだから。
クラブの前には明かりに照らされた、ふたりの人物が立っていた。ルーベスとレニエだ。ルーベスの近くには、昨日も見た等身大の生首が飛び出た樽が置かれている。
昨日見た顔とは違い、完全な干し首ではない。いく分かまだ人間の面影を残している。
クラブの入り口や車の周りには、何人もの男達が血を流して転がっている。
本当に30秒足らずで全員片づけたのだろう。誰一人、声も発さず、身動き一つしていなかった。一目見ただけで絶命していることが分かる。
「時間通りだな。では我々もパーティーに参加しようか」
「こんなに気乗りしないパーティーは初めてだよ」
「参加してみれば、案外楽しいものだ」
「ルーベス、貴方も踊ってみたら。その滑稽な姿はきっとお似合いよ」
「私が見せれるのは剣の舞くらいだよ。ダンスなど洒落たモノはお前らに任せよう」
「結構よ。下らない話しは止めて中に入りましょう」
クレアラが率先して扉を開けて入っていく。ルーベスがどうぞ、と僕を誘導するように開かれた扉へ向けて手を差し出す。僕もクレアラの後を追いかけて、クラブの中へと入っていく。その後ろをルーベス、レニエの順で中に入って来る。
薄暗い照明の廊下を突き進み、大きな両開きの扉が現れる。
その前に二人の黒服の男が立っている。相手がこちらに気がつき、スーツの懐からハンドガンを手に取ろうとする。しかしその隙を与えず、僕は構えていたテーザー式ショットガンを放ち一人を撃ち、電気ショックで昏倒させる。
もう一人は、僕の後ろからレニエが投げたナイフが相手の眉間に刺さり、銃を放つことなく地面に崩れ落ちた。殺すことに対して一切のためらいはないらしい。その現場を見て、僕は軽い嫌悪感を覚える。当の本人は涼しい顔をしてルーベスの後ろに控えている。
両開きの扉に付いた左右の取手には、太い鎖が撒かれている。中の人間が逃げ出さないように閉じ込める為だろう。その証拠に扉の奥から、EDMの音楽に混じり男女の悲鳴が聞こえてくる。
「ガーデニア、頼む」
「仕方ないわね。ブレサイア以外に使いたくないのだけど」
クレアラが髪に巻いていた三日月のついたチェーンの髪飾りを解く。まとまっていた髪が解かれて左右に広がった。手に持つ三日月型の髪飾りが、赤い光を放ちながら巨大化する。その赤の三日月と呼ぶET2oolを振りかぶって、扉の取っ手に巻かれた鎖にぶつける。
金属がぶつかり合う耳をつんざく音を立てながら、鎖を両断した。
赤の三日月を収縮させながら手を回し、鎖をクルクルと手に巻き付ける。
「じゃあ、行きましょう」
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