潮時

 サブマージの周辺でロドニーが車を止める。目の前で停車はさせたくないらしい。


「君は彼を信頼しているかもしれないが、私達はそうではない。だからここからは歩いてくれ。雨の中、申し訳ないけどね」

「いいよ、ここまでありがとう」


「街の中で待つのは落ち着かないわね。こんな目立つ車なわけだし」

「では一度、私達は家へ帰ろうか」


「監視は必要なかったの?」

「あぁ、ただの口実だよ。たまには君を外に出す為の」


「ありがとう。この天気と同じようにすがすがしい気持ちになったわ」

「僕が逃げたら困るんじゃない?」


「その気があるなら、それで構わないさ」

「逃げたら良いのにと思ってるわよ、私は」


「もし気が変わらなければ、また会おう。合わない方が君にとっては幸運だと思うけどね」

「じゃあ、さようなら。アイル──」


 クレアラ達が乗る古めかしい車が発車すると、僕一人だけを雑踏の中に置いていく。


 頭に落ちた冷たい雨が顔に流れてくる。

 僕はその雫を手で払うと、小走りでサブマージへと向かった。


 少し距離を移動するとサブマージの看板が見える。ドアにはまだ、クローズの札が掛けられている。構わずに店の長いバーの取っ手を掴みドアを開いて中へと入った。


 薄暗い店内。カウンター席を挟んでオリビアとバッドデイがいた。僕は雨で崩れた髪を手櫛で整えながら彼の隣のカウンター席に座った。彼のかたわらにはメジャーなビールとグラスが置かれている。すでにほとんど空けている状態だった。隣に座った僕を見たりと気に掛ける様子はない。


「何にするんだい?」

 オリビアが僕に注文を尋ねる。


「別に何でも良い」

「じゃあシンデレラを作ってやるよ」

「──バージン・モヒートで」


 シンデレラと言うその可愛らしい名前に背筋が寒くなり、すぐに訂正してミントとレモネードを基調にしたノンアルコールカクテルを注文する。


「営業時間外だから、その分上乗せするよ」

「良いよ。わざわざ開けてもらってるんだし」


「お前も、坊やを見習いな。飲んだ分はキッチリ払う。それが店と客との信頼関係を結ぶ基本だよ」

「ちゃんと払ってるだろ」


「アンタは少なすぎるか多すぎるかで極端なんだよ」

「多いなら構わねぇだろ。もう一本、同じのをくれ」


 僕が財布から紙幣を取り出そうとしたところで、バッドデイがポケットから紙幣を二枚取り出してカウンターに置いた。


「珍しいね、アイルの坊やの分までアンタが支払うなんて」

「なんせ勝っちまったからな」


「ついてるじゃないか、珍しくさ」

「逆だ。ついてないんだよ」


 オリビアがバッドデイのグラスとビール瓶を下げ、新しいものと取り換える。

 そして僕の頼んだバージン・モヒートを作り始めた。


「すみかの方は大丈夫なのかい?」

「分からないな。が、わざわざ虎の尾を踏みに行く気もない」


「懸命だね。次の場所は当てがあるのかい?」

「少しの間この街を離れる。これ以上奴らが干渉してくる前に消えることにするよ、忠告通りな。これ以上は俺たちの手に余る」


「まだ早すぎるんじゃない?僕たちにできることはまだまだある」

「いや、ここらが限界だ。これ以上踏み込むならレイズする必要がある。命まで賭ける気は俺にはない」


「今までも命がけだっただろ」

「お前にはな。だが俺の勘が教えてくれるんだよ。これ以上、踏み込むなってな。お前はジンクスを信じないかもしれないが、俺は信じるタチなんだ。穴馬に賭けて勝ったのがその予兆だ」


 オリビアがミントの葉を飾った、レモネードとライムジュースをミックスした飲み物を僕の前に差し出した。


「私も同感だね。坊や、どうしてブラインドマンと接触した? 命を大事にしたけりゃ、関わるなと忠告したはずだよ」

「仕方なくだよ。気がついた時には、もう巻き込まれてたんだ。命を大事にした結果がブラインドマンに会いに行くことになっただけだ」


「ブラインドマンからは何を言われた?直接会ったんだろ?」

「復讐を手伝えってさ」


「なんでお前を選んだ?その理由が分からん」

「僕もだよ。だからバッドデイを誘うように勧めたさ。断られたけど……」


 僕はブラインドマンが父親であること、探していたクレアラが見つかったことは隠して、話を逸らした。


「余計なことを言うなよ」

「坊や、必要以上に好奇心は持つんじゃないよ。好奇心が殺すのは猫だけじゃないと覚えておきな」


「忠告はありがたく胸に刻んでおくよ」

「じゃあ決まりで良いな。今夜この街を出るってことで」


「私もブレサイアの件からは手を引くよ。依頼を受けるだけで命を狙われたら、かなわないからね」

「それで相手さんが黙ってくれると良いんだがな」


「そんときはアタシの手で黙らせてやるさ」


 オリビアなら本当にやりそうだから困る。


「車を用意しておいてくれ。用意でき次第、俺等は消えるよ」

「あぁ物が用意できたら連絡するよ。寂しくなるが、これもこの仕事の醍醐味だ。二人に幸運の女神が共にいることを願ってるよ」


 バッドデイが残っていたビールを飲み干し、席から立ち上がる。僕もせっかく作ってくれた物を無駄にしたくなく、最後までストローで吸い上げて席を立ち、バッドデイの後を追いかけた。

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