分かれの予感
バッドデイと僕はサブマージからそう離れていない場所の格安のホテルを借りた。別々な部屋だと逆に僕の存在が浮いてしまうから、バッドデイと同室だ。
非行少年だと警察に通報されたらたまったものじゃない。
……まぁ同室でもフロントで対応してくれた女性は怪訝な顔をしていたのだけど。
因みにバッドデイやらジンバックの名義は使ってない。明らかに偽名だと名乗っているようなものだし。これに関しては半分冗談で名付けたオリビアが悪い。
勿論、後の半分はそれを受け入れたバッドデイの責任だ。もう少し、使い勝手の良い偽名だったら良かったのに。
アイル・ジンバック……こんなの、おおやけの場で名乗れる名前じゃない。
因みにオリビアの名前こそ、おおやけの場で名乗れる名前じゃない。
その名前はオリビア・ビアカクテルだ。冗談半分どころか冗談でしかない。
バッドデイは安ホテルの部屋に着くと早々にベッドに横になって仮眠を取った。これから長時間、車を運転することを考えてだ。一体、どこへ行くつもりなのか全く僕に教えてはくれなかった。もしかしたらどこへ行くのかもまだ決まっていないのかもしれない。ただ、できるだけ遠くへ。火の粉が降りかからない場所へとだけ考えていても仕方がない。
状況はそれだけ、ひっぱくしているんだろう。
きっと僕の自覚が足りないだけで。
例え、そうだとしても僕はクレアラを裏切りたくなかった。彼女のそばに居たかった。
彼女が復讐だけを糧に生きるのを何としても止めたい。それだけが、今の僕の願いだ。
だから、今日ここでバッドデイと別れることになる。
それはとても寂しく、辛い事だ。この三年間、彼の存在に本当に助けられたと思っている。クレアラや子供達の行方を捜す手伝いをしてくれたこと。情報屋のオリビアを紹介してくれたこと。ブレサイアとの戦い方を教えてくれたこと。それら色々な物が積み重なって、今の僕には返すことのできない借りができている。依頼料は折半じゃなく7:3と金に汚いし、家事に関しては全部押し付けて来る。無駄遣いをするからお金をすぐになくしては僕にせびってくるし、不愛想だし、言葉も悪い。良いところなんて探すほうが大変なくらいだ。
なんかそう考えるとムカついてきた──でも、彼の存在に僕の心は救われた。養護施設を出て心から頼れたのは彼だけだった。僕はそんな事を思いながら明かりをつけたままベッドで仰向けに寝ているバッドデイを見つめていた。
あーーーーーッ‼
なんか感傷的にさせられるのはやっぱりムカつく。
シャワーに入ろ。入って身も心もサッパリしよう。
僕はスマホを片手にシャワールームに入り、シャワーを浴びる。
シャワーを浴びている最中にスマホが振動する。電話が掛かってきていた。番号は非通知だ。仕事柄、非通知の着信には慣れているので、迷わずシャワーを止めて電話に出る。
電話の相手はレニエだった。
「ごきげんよう、アイリー様」
どこで僕の番号を手に入れたか知らないが、聞くだけムダだろう。
それだけの調査力があると言うだけのことだ。
「用件は?」
単刀直入にレニエに問いただす。
「今から30分後にそのホテルの前にお迎えに上がります。勿論、ご希望されるのであればですが」
「希望するよ。30分後だね。何か必要なものは?」
「必要な物はこちらで用意します。アイリー様にはブレサイアと戦う心構えだけ用意して頂ければ結構です」
必要なことだけを話し終えるとレニエは電話を切った。
昨日に続いて、今日もブレサイアを狩りにいくのか。
復讐心に燃えているだけかもしれないが、その行動力は感心する。
僕はスマホを洗面台に置くとバスタオルを手に取る。頭と体を拭き、水気を拭いた。下着だけは買ってきたもので交換したけど、替えの服が無いのは少し困るな。明日、生きていられたら服を買いに行きたいけど、そんな行動を許してくれるだろうか? シャワールームを出ると、バッドデイは先ほどと同じ態勢でベッドに横になり目を閉じている。
僕が出ていく時にも目を覚まさないと良いのだけど。出ていく時に見つかったら、なんかめんどくさい。本当は理由を説明して出ていくのが筋なんだろうけど。
こんな風に誰かを残して一人出ていく際に、書置きを残す場面を映画やドラマで何度か見た覚えがある。僕もそうするべきだろうか。幸いなことにホテルの備え付けのメモ帳とペンは用意されている。
だから……僕は、やっぱり書かないことにする。
なんか書置きを書いてる僕も、一人残されてそれを読むバッドデイも滑稽に思えるし。それとバッドデイのことだから、最悪、読まずに丸めてゴミ箱にシュートするかもしれない。
かもしれないじゃない、彼なら絶対する。悪い意味で信じてる!
後でスマホからメッセージを送ろう。画面上に表示される短文なら、いやでも目に付くし。
僕はバッドデイにどんな一文を送ろうか考えながら、レニエの迎えの時間を待っていた。
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