第34話 作戦その四・ゲーム

 気づけば、お昼の三時を過ぎようとしていた。


 まことは、自分の部屋に戻るというさくらを見送るために、玄関に移動した。


 あれから、気づけば二時間以上も喋っていたなんて……。


「こんなに長く喋ったのは久しぶりだけど、とっても楽しかった」

「僕も色んな話ができて、なんだかスッキリしました」

「お互いに、悩みは尽きないね……」

「そうですね……」

「「はぁ……」」


 ………………。


 おっと、このままだとまた気まずい空気に…――


「す、鈴川すずかわ君!!」

「は、はい、なんですか?」


 と返事をすると、さくらが徐に真の手を握った。


「なにか困ったことがあったら、い、いつでも相談に乗るからね……っ!」

「!! じゃあそのときは、僕がドーナツを持って行きます」

「えへへっ、楽しみにしてるね」


 そんなやり取りをして、さくらは自分の部屋に戻って行った。


「…………」


 真は、ガチャリと閉まる扉を見つめていた。


 ランニングに連れて行ってくれた、らん先輩。


 美味しいスイーツのお店を教えてくれた、梨花りか先輩と梨奈りな先輩。


 そして、さっき僕の相談に乗ってくれた、姫川ひめかわ先輩。


(恐らく、みんな……ということは、もしかして……)


 真は、玄関の扉にじーっとした視線を向けたが、


 ………………。


「そんなわけないか……」


 と呟いて部屋に入ると、


 ピロリンッ。


「……ッ!!?」


 ビクッと体が反応してから、テーブルの上に置いていたスマホを手に取った。


 そして、恐る恐る画面を開くと、


「うさ……先輩……」


 ある程度、予感はしてたけど……。


『今すぐ、私の部屋に来なさい。十……九……八……』

「えっ……!?」


 ……。


 …………。


 ………………。


「はぁ……っ、はぁ……っ。急過ぎません……?」

「よく来たな」

「はぁ……ふぅ……」


 一度呼吸を整えてから、真は尋ねた。


「ところで、どうして僕をここに?」

「あなた、『ぷちモン』は知っているかしら?」

「え、まあ、名前だけは……」

「そう。ということは、プレイしたことはないのね?」

「は、はい。元々、あまりゲームをする習慣がなかったので」

「……わかったわ。では、早速始めるとしましょう」

「へっ?」




『ぷちっとモンスターズ』。


 略して、ぷちモン。


 僕が生まれる前からある、超ロングセラー作品の名前だ。


 タマゴから生まれたモンスターを育てて、道中で現れる強力なモンスターと戦う。


 設定がシンプルで操作しやすいこともあって、幅広い層に愛されているらしい。


 と、先輩から説明を受けると、早速、その『ぷちモン』を一緒にプレイすることになった。


「王道だけど、初めてならちょうどいいわね」


 うさ先輩はもう一つのチェアを出してくると、自分のチェアの横に並べた。


「さあ、座りなさい」


 と言われて座った真がコントローラーを受け取ると、うさ先輩はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「じゃあ……始めましょうか」

「は、はい……」

「ふふふっ」


 こういうときの、先輩は……とても怖い。




 カチカチッ、タタタタッ……。


「………………」

「………………」


 部屋には、ゲームの音とコントローラーを操作する音だけが響いていた。


「あ、あの、一つ聞いてもいいですか?」

「…………」

「うさ……先輩?」


 チラッと横を見ると、


「ゲーム中によそ見は厳禁よ。それが命取りになるわ」

「っ! す、すいませんっ」


 真は慌てて前を向いたのだが、


「あ」


 一瞬、目を離した隙に、敵のモンスターに倒されてしまっていた。


 うさ先輩が言っていた通りだ。今は集中しよう。


 それから、ある程度操作に慣れてきたところで、ふとうさ先輩が言った。


「私に……」

「え」

「私になにか、聞きたいことがあるんでしょ?」

「あっ、えっとー。どうして、うさ先輩はゲーム実況をしているんですか?」

「それが聞きたいことなの?」

「は、はいっ」

「……いいわ、教えてあげる」


 と言って、うさ先輩は一拍置いてから口を開けた。


「……やりたいことをし続けるためよ」

「やりたいこと、ですか?」

「ええ。私の家は、所謂お堅い家系でね。勉強第一、遊びに時間を費やす暇があるなら、勉強に使えって常に言われてきたわ」

「厳しかったんですね……」

「昔の私は、今と違って真面目だった。いいえ、真面目過ぎた」

「え?」


 先輩は目線を画面から逸らさないまま、手を動かし続けていた。


 一秒たりとも無駄にしたくないと、その顔が語っていた。


「勉強、勉強、勉強の日々が続く中で、私が一番耐えられなかったのは、ゲームの話だった。禁止されていたから」


 今まで聞き流していた周りの会話が、嫌でも耳に入ってきたという。


「じゃあ……先輩がゲームにのめり込んでいるのって……」

「やりたくてもできなかったからよ」

「…………」


 我慢し続けてきた欲求を、今、満たしているのかもしれない。


 タタカチッ、カチカチッ……


「中学のときに、貯めたお小遣いでこっそりゲーム機とソフトを買ったのだけど……」

「だけど?」

「……言葉を失ったわ。ゲームのスタート画面を見たときは」


 と言っているときの先輩の瞳は、眩しいくらいに輝いていた。


「そんなに、面白かったんですか?」

「ええ。これは最高のゲームよ」

「へぇー……え、これ?」


 真は、コントローラーとゲーム画面を交互に見た。


「もしかして、今僕たちが遊んでいるゲームのことですか?」


 先輩はなにも言わず、ただコクリと頷いた。


「数あるシリーズの中の四作目。気づいたら、私は魅了されていたわ」

「…………っ」

「……でも、あるとき、親にバレてしまったの。それで、生まれて初めての大喧嘩をしたわ」

「けっ、喧嘩……!?」

「お互いに血を流しながら……ね」

「血っ!!?」

「……ふふっ、冗談よ」

「な、なんだ……っ」

「まあ、一歩手前まではいったけど」

「……冗談には聞こえませよ?」


 うさ先輩の話には、毎回ハラハラさせられる。


「今の学校に通っているのも、そんな実家から離れたかったからだけど。理由はそれだけじゃないわ」

「……というと?」

「あの、ヒビ一つ入ってないカチカチ頭の両親を見返すためでもあるの」


 ヒビって……すごい言いようだな……。


「私はなにがなんでも実況で有名になって、ゲームの全てが悪じゃないことを理解してもらう」

「でも、それなら実況だけじゃなくても――」


 そのとき、コントローラーを動かす手が止まった。


「これが、いくつもの選択肢の中から選んだ、私のやり方」

「……っ!」

「と言っても、勉強は大事よ? でも私は、それ以上に大切なものを見つけた……っ!!」


 カタッカチタタッタッカチカチッ……


「ゲームを心の底から楽しんでいる自分を!!!」


 カタッカチタタッタッカチカチッ………………


「イヤッホオオオォォォォォォォォォーーーーーッッッ!!!!!」

「…………」


 なんというか、いつもの先輩で安心した。




「んん~~~っ!!」


 それから一通り遊びつくしたところで、うさ先輩が腕をグッと伸ばした。


 前屈みで集中していたから、体が強張っていたのだろう。


「話を聞いてくれてありがとう。長かったでしょ?」

「い、いえ、逆に……教えてくれてありがとうございました」

「お礼を言われるようなことを言ったかしら?」

「言いましたよ。……心に響きました」

「そう。……ふふっ」


 優しく微笑むと、うさ先輩の手には、いつの間にか……違うタイトルのゲームがあった。


「えぇ……」

「まだ、始まったばかりじゃないっ」


 この時点で、二時間が経っていた――。


 あははは……はぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る