5.自分の身体に戻る前に手術プレイ…だと…



「耀太、ごめんね。こんな事になるなんて…絶対に直してあげるね。耀太に針を入れるなんてつらいけど…っ」


無事初凪の手に戻った俺は、腕がちぎれ綿が飛び出て目も片方外れていた。

鏡越しに見えた自分の姿。痛みは無く衝撃のみだったが、これはすさまじい姿だなと我ながら少し震えた。

一ツ橋の妨害により、病院へ行く前に初凪はぬいぐるみの俺を直す事になってしまったのだ。



話は少し前に遡る。


授業中、俺はあらゆる場面を想定していた。

そしてぬいぐるみの俺は一ツ橋がせいぜい握ってるとかポケットに入れるくらいだろうから、隙を見て股間に一発食らわせれば大体は解決するだろうとか考えていた。


男の胸板と制服に挟まれて「汗臭い気がする」と無の境地へ行きかけていたら、俺が恐れていた通り一ツ橋はHRが終わるなり初凪の所へ行って話してるのが聞こえた。


「宇郷さん、さっき大事なものを落としただろう。大丈夫、僕が拾って持っているからね。これから同じ場所に来て」


「そんな、まさか一ツ橋君が…!」


「用事は早く済ませた方がいいよ。三浦君も待っているだろうしね。もちろん、僕が出す提案は…分かってるだろう?さ、おいで」


「くっ…卑怯よ!」


初凪がヒーローっぽく言って二人が同じ方向へ向かう足音が聞こえた。

っていうか。

なんか俺を差し置いて二人で盛り上がってないか。初凪の立場は普通俺だろ!

まあこれから何かあったら俺が一ツ橋に一撃かますけどな。ぬいぐるみ頭突きくらいやってみせる。


「ここでいいでしょ」


「いや、もう少し」


やがて一ツ橋は立ち止まり、ポケットに入れていた俺をすっと取り出した。

視界が広がり、学校すぐ裏にある堤防に二人はいた。自転車で帰宅する学生達、近くに民家もあって犬がわんわんと元気に吠えている何とも人目につく場所だった。

結構強い風が吹いていて、ちょっとした戦いの場面みたいに見える。

まあ俺は人質なんですけど。


さては周りに見てもらって「あの話は無かったことに」予防だな。


「宇郷さん。これ、返して欲しい?」


「ああ、耀太…っ、つぶれてるじゃない!返して、かわいそうよ!」


「そりゃあ仕方ないよ。僕にぬいぐるみを持ち歩く習慣なんて無いんだから。大事なものを学校に持ってくる方が悪い。校則にそう書いてあるじゃないか」


「そうね。気を付けるわ。とにかく返して」


「その前に僕にキスをして欲しい」


「…なんですって」


「そして付き合うと約束して欲しい。それだけで返してあげるし、僕も一緒にこのぬいぐるみを大事にしてあげるよ」


一ツ橋、おまえそれが通用すると思ってるのか…

もうちょっと考えろよ。こんな皆が見てる前でキスなんて普通出来ないだろ。

初凪は呆れた顔になり、どう説得するか考えているようだった。

一方の一ツ橋はそれを見ながら小さくつぶやいていた。


「宇郷さん。欲しくてたまらない…ああ、可愛いなあ…」


イケメンも好きな女の子の前じゃこんなもんなのか、俺とあんまり変わらねえな。

出会い方が違ったらおまえとは友達になれたかもしれない。しみじみ。


と、ぶわっと強い風が吹いて「きゃあ!」初凪のスカートが一気に捲れた。


「!!!」


一ツ橋だけではなく、周りの男子生徒もばっと見る。

厳密には他の女子もスカートは無防備だった。だが評判のクール美少女宇郷初凪の姿は激レア。周りが「うおおお!」と雄たけびを上げる。

くそっ!俺はまたしても無力なのか!


「やだぁ…」


初凪が泣きそうになってしゃがみこんでしまう。

見惚れていた一ツ橋もこれは気の毒だと思ったらしく、「宇郷さん、場所を変えようか…」と俺を持っていた手を緩めて初凪に近づいた。


チャンス。

俺はぎゅるんと身体を回し、腕で一ツ橋の手を「はあっ」と押してすぽんと抜け初凪の方へ飛び出した。

つもりだった。


その時、またいい風が吹いてきて着地に失敗。

俺は堤防をスタントマンばりにごろごろした。

やがて回転が止まり、ふらふら状態で周りを見ると


わんわん。わんわん!!


ボールや骨のおもちゃをガブガブして楽しんでる、可愛い大きな犬がいた…


わんわん!ぱくっ


「きゃああ!!耀太!!」


「…こ、これは事故だから僕には関係ないね。じゃ、全部忘れて!」


一ツ橋は確かに俺のおかげでそそくさといなくなった。

だが、俺は可愛い犬に愛されてすごいことになったのだった…


初凪は犬の飼い主に事情を話して犬小屋から俺を回収してもらい、お騒がせした事をきちんと謝罪してから急いで宇郷家へ帰宅した。


ひとしきり変わり果てたぬいぐるみの俺を撫でて抱きしめて泣いてから、優しく洗って汚れを落としてくれた。

そして常備してるらしい新しい布と裁縫セットを準備する。

痛覚はぬいぐるみだから無いが、実際刺されたらどんな感じなんだろう。

俺はハラハラドキドキした。直さないことには俺の身体が眠ってる病院には行けない、耐えるしかないから余計にハラハラドキドキが悪化する。



「耀太、いくよ…」


おお、おお…っなんか、入ってきた。

ぷすっ。そしてすーっと糸が通されていくのはなんとも変な感じだった。

初凪の小さくて柔らかい手、そして甘い香りとあたたかい吐息。その中で、ぷすっ。すー…ぷすっ。すー…


「痛くない?優しくするからね…大丈夫よ」


おお。なんというか…いやらしい事を考える俺が汚れてるんだろうけど。

これは、ちょっとイケないやつなのでは。


「ここ、ちょっと硬いから強くするね、ん…っしょ。えい…やんっ、ここに出てくるの?もっとこっち…」


うおおおおっ。

あああ、俺がぬいぐるみじゃなかったら絶対別のとこが…いや、なんでもないです。

この天国か地獄か?な状況いつまで続くんだろう…このままでいてもいいかもとか俺が思っちゃう前に終わってください。


「ふう。服、着せてあげるから待っててね」


…お、終わった…


初凪に初めてを奪われたような(ある意味そうだけどさ)感覚で、俺は身体が元に戻ったら絶対に初凪と付き合おう、そう誓っていた。


その前になんとか元に戻らないとだけどな。

やっぱりねじ込むしかないんだろうか。

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