3.俺の前では隠していたのか
カチ、カチ…壁掛け時計の秒針音だけが俺に気付いて語り掛けてきてるようだった。
ただいま深夜2時。初凪はあろうことか「あつい…んー」とうさぎさんの上着を脱いで、キャミソール姿でぬいぐるみの俺をぎゅっとしている。
もこもこうさぎの部屋着なら見えなかった谷間が目の前に迫っている。
男として何をするか?愚問…ガン見だ!俺は今小さいし触ってどうにかなる度胸も無いからひたすらガン見してる!
とんでもなく良い環境ではあるのだが、ぬいぐるみの身体だからだろう眠れるわけもなかった。
それでいて抜けだしにくい天国。胸近い。いい香り。
そうこれは不可抗力の時間ロスなのだ。
なるべく静かにじたばたして俺専用の掛け布団を不器用な手で丸め力の緩んでる初凪の大きな可愛い手にセッティングすると、俺は「せぁっ」と小さく声を上げて初凪がかけている人間用布団にころころと転がった。
ぷにっ。
ふかっ。
ぱふっ。
暗いのに柔らかくてすっげえいい香り…ぬいぐるみだけどくらくらしそうなので、俺は色気に当てられる前に急いで初凪の足に沿ってもぞもぞベッドを下り「ぷはあ」と出た。
俺がぬいぐるみになっている夢の中だから、先日見たホラー映画みたいに何か乗り移った人形も出てきたりしないだろうななんて考えながらベッドから飛び降りようと身構える。
初凪の部屋には間接照明がぽつんとついているから周囲の状況はそこそこ見える。
が、夜というものは何かしら怖く見えるものだ。ベッドは断崖絶壁状態で下の白いラグは何かを捕まえたら離さないみたいなもさもさ具合に見え、躊躇する。
深呼吸(出来てるかは全くわからない)して
「俺は今ぬいぐるみだから痛みはここまで感じていない。夢だしな!」
と自分に言い聞かせ、ジャンプなんて出来ないからそのまま頭からぬいぐる身投げをした。
目が閉じられないからしんど…!そう思ってる間に、ばふん!とラグが受け止めてくれる。なんだラグ、おまえいいやつじゃないか、へへ…
…いや、これからが大変だ。
俺の身体はふっかふかの毛がいっぱいのラグに沈んでいて、大草原ならぬ大ラグクリアのクエストが加わってしまった。
俺は、夜通しかけてラグの白い毛をかき分けてじっくりじっくり進んだ。
それはもう気が遠くなる作業だった。
え、なんで俺ラグの上に落ちたの…バカなの?
だが床にぼとんと落ちたら身体どうなったかわからないし、初凪が起きたかもしれない。まあ今考え付いた理由なんだけどさ。
俺は俺の病院に行きたいんだから、なんか奇跡的能力とかで飛んでいけないのか?
夢なら叶え!届け俺の思い!!
そんなことを考えていたら
ぐるぐる回ってもうかき分けた跡のある所に戻っていた。
うわああああ。
こんなことならおとなしく初凪の胸を見てニコニコ夜明け待ってるべきだったかもしれない!!
やがてラグを抜けてドアが見えたところで「き、休憩…」と倒れこんだ。
体力はぬいぐるみだからたぶん無い。
その代わり気力が全部賄っているらしく、俺のメンタルが挫折寸前だった。
ドアが目の前にあっても開ける為にまたクエストだろ。
「んー…ふわあ。あれ。耀太?あれ…」
初凪がむっくり起き上がってきょろきょろしている。
「落ちちゃったのかな」と心配そうにベッドから出た初凪はこてんとラグの近くにいる俺を見つけて「いた♡」すぐにぎゅっと抱きしめてきた。
「ごめんね耀太、やっぱり専用のベッドを作って一緒に寝ないとだめだね」
疲労困憊の俺に初凪の胸の感触とキスは効果絶大だった。
ふっ…男ってのは単純なのさ。時にはそれが大事なんだ。
とにかく初凪は俺のお見舞いにきっとまた行くだろう。その時を待つまでが現実的…夢の中だけどな、そう思うことにした。
初凪は高校へもぬいぐるみの俺を連れていく。
校則でキーホルダー1個までなら許されているのだ。今やぬいぐるみキーホルダーは文化みたいなところがあり、「ただし失くしてもそれは自己責任である」とついてくる。レアなものは持ってくるべきでは無いということだ。
しかし、今まで初凪がこんなぬいぐるみを持っているのは知らなかったぞ。
俺や男子生徒の前では鞄の中に隠していたのかもしれない。そのくらいはサッと出来るサイズです、今の俺。
実際初凪は通学中、授業中は俺を鞄の中に入れていた。
鞄の中には超美味そうな弁当の香り。食欲は無いが、この弁当の中身が気になる。
初凪は料理やお菓子作りが上手い。けど俺にはなかなか作ってくれねえんだよな…
ラグクエストで疲労していたから話し声に聞きぬいぐる耳を立てると、ちゃんと俺は事故で入院中という周知があった。
今日日千羽鶴というベタなものの話は無く、そこそこ仲の良い友達が「マジか」「見舞い行こうぜ」と相談してくれてるのが嬉しい。
これも夢なんだろうけどな。
「宇郷さん、耀太のお見舞い行った?あいつ大丈夫だった?」
「え?……知らなかったわ。ま、行けたら行こうかしら。どうせ大したことないわよ、わざわざありがと」
「あ、あんまり仲良くなかったんだっけ…聞いてごめん」
「ふん…」
初凪、おま…
いや待て、俺の身体にはあんなこと、俺のぬいぐるみはそんなこと。
どっちが本当の初凪なんだ。
俺の事心配じゃないのかな…
女の子って分かんねえな…
昼休みになると初凪が鞄を持って何処かへ向かい、やっとこ外の光がぬいぐるみの俺と弁当に当たるよう開けられたのは、誰もいない裏庭のようだった。
初凪はきょろきょろしてから俺をそっと抱き上げてきりっとした顔つきから「ふぇ」と泣きそうなめちゃくちゃ可愛い弱弱しい表情となった。
「耀太。耀太…ふう。会いたかった、抱きしめたかったよう…」
は、初凪。おまえってやつは…!!
「耀太。お願い、目を覚ましていて。一度泣いちゃったらもう学校に来られなくなっちゃう。他の男の子の制服見ていたら耀太を探しちゃう…っつらいよ」
初凪ぁぁぁ!!
このやろ、なんて可愛いんだ!
夢の中で俺の欲望像だとしても良い!今までの全てを許す!
だから泣くなよ、俺絶対に目覚めておまえより大きい身体で抱きしめてキスしてやるからな…
俺がじーんとして誓いを立ててると、初凪は弁当も食べずにずっとぬいぐるみの俺を撫でていた。
メシは食えよ。見てる俺もつらい…
ごめんな、早く起きるからな。
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