2.これが愛でられるっていうことか


バターになるくらい揺さぶられて放心するも三半規管がぬいぐるみには無いのだろう、ぎりぎり気絶しなかった俺は、初凪の行く道を定まらない視力(?)ながら必死に確認していた。


夢の中の割にすごくよく出来てる。


まさか、現実…いや、それは無い。

こんなことはあり得ない。


早く目を覚ます為にブオンブオンされながら(初凪にはもっと鞄はゆっくり丁寧に扱えと現実世界で言っておこうと考えつつ)俺は起きるイメージを作る、息を止めるなど頑張った。

受験よりは頑張らなかったけど頑張った。


だが一人ひはーひはーとしていたら、いつの間にか初凪のめちゃくちゃいい香りのする部屋だった…


白いラグとカーテン。ナチュラルウッドの家具に、アクセントがピンクと花柄で統一されている。そして壁には俺と初凪のツーショット。わー。うわー。


これが夢に出てきた俺の初凪への欲望…っ!


ご丁寧に鞄を置いてから初凪はぬいぐるみの俺(不服だが今はそう表現するしかない)をぬいぐるみの部屋(何言ってんの俺という感じなんだが、実際あるんだからしかたねえ…)に置いた。


あああ、俺が初凪に大事にされたいという欲望がこんな形で俺を辱めている…!

もうやめてくれぇ!いっそ殺してくれ…そうぴくぴく悶絶していると、

「着替えようっと」

初凪が自身の服に手をかける。


見てなるものか!

夢の中で俺がそこまで堕ちると思うなよ!

見るならリアルがいいんだよ!!なんか妄想恥ずかしいし卑怯だしな!


付け焼刃の人形根性でごろんっと転がり、俺は逆方向を向いてなんか俺のリアル部屋に似ているぬいぐるみ部屋と見つめあった。


俺、これからどうなるんだろう…

早く夢が覚めてくれないとメンタルが崩壊する。


ここで思い切り楽しめないのは、夢の中の俺の身体があんな状態だったからというのもある。


初凪の部屋から脱出して自分の身体にこのぬいぐるみごとどうにかねじ込んでみようか…ねじ込むの人生で初だが、俺の夢なら何とかなるだろ。


そう考えるも、夢のくせに甘くなく、俺はふわもこうさぎさんの部屋着になった初凪にひょいと持ち上げられた。


そして甘い吐息と潤んだ目を俺にお見舞いする。


「こら。ミニ耀太、私を見てなきゃだめでしょ?今日は、特に…ん。今日はあなたが耀太の代わりね」


初凪は俺にすりすり頬を寄せてくる。

おおい、俺外にも連れ出されてるぬいぐみっすよ。ちょっと衛生面に気を…あっ、そんなことを考えたらフラグが!!


「耀太、お風呂に入ろうね」


ぎゃあああああ!




…パシャ。じゃぶじゃぶ…


「耀太、気持ちいい?後でほつれたところがないかチェックしてあげるからね」


初凪は洗面所で湯をため、俺のぬいぐるみ身体を丁寧に洗ってくれた。


そーだよなあ。さすがにぬいぐるみと一緒に入るわけないよね。

ちょっと残念な気もするのが男の性だけどさ…


「ごしごし…ごしごし。ここ、いつも私が触るから形が変わっちゃってるね。ごめんね、耀太が好きすぎて…」


うわー。なんだこの時間。


「よし、綺麗になったよ。痛いけど我慢して、絞るから…んっしょ。えい」


あ、はい。

お湯を含んだ身体が軽くなってく感じは何とも言えないです。

本当によく出来た夢だな…


「次はドライヤーだよ。ころんって転がったらだめだよ?」


え?ドライヤーを?


…そういえば、昔雨に降られて初凪に傘を貸して俺はスマート手ぶらで家へ帰ったら、あいつ傘を返しにすぐ来て風呂上がりの俺を捕まえてドライヤーしてきたな。


夢の中だから。

俺の思い出がきっとこのイベント…?を出したのかもしれない。

ニクイね、さすがだぜ。

って。

俺、認めたくないけどぬいぐるみだよね?やるの?乾燥機とか物干しとかじゃねえの?

…おお、温かい…

これ、ぬいぐるみに対する愛情を通り越してる気がする。

なんだ、初凪はそういうタイプのマニアだったのか…?


「本当の耀太にも昔こうしてあげたのに、本人は覚えてないだろうなあ」


!!!


…覚えてるよ。バカ。

夢なのに、不覚にもドキッとしたじゃないかよ。



風呂上がりでふかふかになった俺は、一緒に洗われた服を脱がされ(俺も認めたくないけど、ぬいぐるみとは言え女子に裸を見られました。死にたい)パジャマに着替えさせられた。


そしてずっとそばに置いて勉強し、家族と食事の時だけぽつんと置いて行かれたので俺はハッとして最寄りの窓に向けてばふんと全身倒れ、腕をばん!ばん!と動かしてホラー映画でやられかけのゾンビみたいに這った。


窓まで行きたい。

開くかは知らん!

行かないと始まらない!


ペン立ても倒し、ノートの上を行く。


だが俺のスピードがあまりに亀だったらしく、初凪が戻ってくる音がしたので打ち切るしかなかった。

初凪はどう考えても不自然に場所がずれて倒れてるぬいぐるみの俺を見て、「きゃあ!」と叫んだ。


それはそう。

ポルターガイストだよな。きっと捨てられる。

別の意味で俺終了…


初凪が駆け寄ってきて、抱き上げてくる。さあ次の行く先はゴミ箱かな、と考えていたらきゅっと抱きしめられて小さな声が聞こえた。


「耀太…ごめんね。私の置いた場所が悪くてペン立てに巻き込まれて倒れたのね。怪我は無い…?ごめんね」


ええー…


「もう今日は離さないから。もう寝ようね…私もきっと混乱してるから。休んだ方がいいの。一緒に…寝よ?」


えええー…


這って疲れていた俺はそのまま初凪に捕まったまま、一緒にベッドイン。

ぬいぐるみとして初のベッドイン。

隣には美少女の目を閉じた顔。俺専用の掛け布団。何これ。


なんだこの愛でられっぷりは…


俺にはこんな欲望があったのか。

自分で自分が恥ずかしい。


とにかく、ここで寝てみたら目が覚めるかもしれない。


寝れない身体だったら這って窓へ…


「うーん…耀太。大好きだよ。だいすき…」


初凪がぬいぐるみの俺を引き寄せて、自分の首元にぴたりとくっつける。


「耀太、耀太…ようた…すき…」


ああああ。怖い。

怖くて可愛いな初凪…!


この状況で腕を動かしたら初凪に当たってしまう。起きられたら俺のメンタルがごりごりに削られる。


とにかく寝てみるしかなさそうだ。

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