第86話 鈴カステラで、あーん♪

「でもね」

「どうした?」


「りんご飴も鈴カステラも、VIP席では一度も出てこなかったのよね。こんなに美味しいなら、出してくれたらよかったのに。ちょっと損してた感じ」


「そうは言っても、さすがにVIP席でりんご飴や鈴カステラは出せないだろ? こんな物を出して馬鹿にしてるのか、とか怒鳴られそうだもん」


「だったらいい食材で、一流シェフに作ってもらうとか?」

「それはもう、本来の趣旨としてのお祭りの食べ物じゃなくなっているような」

「それは確かに」


 なんてことを話しながら、一つのお椀の鈴カステラをアリエッタと一緒に食べる。

 出店の脇でアリエッタと一緒に鈴カステラを食べる幸せは、文字通りプライスレスだった。


 しばらくアリエッタと食べる鈴カステラを堪能していると――事件が起こった。


 俺とアリエッタは計らずも全く同時に、同じ鈴カステラを摘まみにいって、2人の指先がコツンと触れ合ってしまったのだ。


「ぁ……っ」

「わ、悪い」


 俺とアリエッタは、鏡合わせのように素早く手を引っ込めた。


「お先にどうぞ」

「ユータの方こそお先にどうぞ」


「こういう時はアリエッタファーストだから」

「なにそれ、それを言うならレディファーストでしょ? それにそんなに気を使わなくてもいいわよ。ユータなんだし」


「おいおい、俺は日々気を使いまくりだっての。気配りの人だっての。ってわけで、やっぱりここはアリエッタからだ」

「だからいいってば。ユータから食べて」


「いやいやアリエッタから」

「だからユータから……って、んもう。これじゃ埒が明かないわね。だったらもう、し、しかたないわよね。このままじゃ堂々巡りだもん。時間は有限なんだし、たとえベストじゃなくても、ベターでいいから解決策を提示する必要があるわ。だからこうしましょっ! はいっ」


 俺が口を挟むわずかな隙間すら見せず、やたらと早口でまくし立てるように言ったアリエッタが、鈴カステラを1つ摘まむと、なぜか自分ではなく俺の口元へと差し出した。


「え?」

 アリエッタの意図が分からずに、なんとも間抜けな声をあげてしまう俺。


「だ、だから!」

「だから?」


「たっ、たっ……」

「タッタ?」

 クララが立った?

 クララと言えば、ユリーナたちもお祭りに来てるのかな?


「ううっ~~! だから! 食べさせてあげるって言ってるの!」


「えっと、誰が?」

「私がよ!」


「誰に?」

「ユータに決まってるでしょ!」


「いや、なんで……?」


 1年生タッグトーナメントの決勝戦に望むがごときアリエッタの猛烈な気迫に、俺は完全に気圧されてしまっていた。

 今、模擬戦闘訓練をやったら負けるかもしれない。

 そんな雰囲気だ。


「だ、だってそうでしょ? 私が先にとって、だけどユータが先に食べる。これでプラマイゼロで対等じゃない」

「お、おう?」


「ってことは、これでどっちが先かを言い争う必要はないってわけよね?」

「ま、まぁそうなるのか……?」

「つまりこれはベストじゃないかもしれないけど、ベターな解決策なのよ」

「ベター……なのかな?」


 正直よく分からないが、なんとなく解決したような気がしないこともない。

 なるほど。

 このなんとも微妙な納得感が、ベストじゃないけどベターな解決策ってやつなのか。


 だがしかし、そこで俺はハッと気付く。

 つまりこれは、アリエッタにあーんしてもらえるということでは!?

 つまりこれは、アリエッタにあーんしてもらえるということでは!?


(大事なことなので2回心の中で復唱しました)


「ほらほら、大人しく口を開けなさいよね。はい、あーん」


 アリエッタが恥ずかしそうに頬を染めながら、あーんをしてくれる。

 もちろんこのシチュエーションで断るような俺ではない!


「あ、あーん」

 パクリと、アリエッタが差し出した鈴カステラを俺は口に入れた。


「言っておくけど、ローゼンベルクの姫騎士に食べさせて貰えるなんて、ものすごく名誉なことなんだからね。しっかりと味わって食べなさいよ」


 頬を赤く染め、プイッとソッポを向きながら呟いたアリエッタに、鈴カステラを口に入れたまままだ飲み込めていなかった俺は、首を縦に振って肯定の意思表示をする。


「もぐもぐ…………」


 アリエッタが摘まんだことで推しの子パワーが注入されたアリエッタ鈴カステラは、さっきまでの1億万倍は美味しく感じられた。


 その後は、俺があーんのお返しをしようとしたのだが、

「調子に乗らない!」

 見事に一蹴されてしまった。

 しかしその頬が赤くなったままだったのを、俺は見逃しなかった。


 まったくアリエッタは照れ屋さんだなぁ!


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