第87話 たい焼き
◇
「なんだか分厚い衣をつけた、変てこな魚が売っているわね?」
「え? どこだ?」
「ほらあれ」
アリエッタが指差した先を見ると、たい焼き屋台があった。
「ああ、たい焼きな」
「たい焼きってことは、あれはタイに衣を付けて焼いたものなの? その割には小さいわね。子供のタイかしら」
「あれは本物じゃなくて、タイの形をした小麦生地の中に、甘いあんこが詰まったお菓子なんだ」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
「せっかくだからたい焼きも食べようぜ。美味しいぞ。すみませーん、たい焼き2個お願いしまーす。あんこと、カスタードを1つずつで」
「あいよ!」
俺はたい焼きを2個購入すると、
「はい、どうぞ」
「ありがと」
王道かつ定番のあんこたい焼きをアリエッタに渡す。
俺のはカスタードたい焼きだ。
たい焼きのあんこの代わりにカスタードを入れるのは邪道という人もいるかもしれないが、俺はカスタードたい焼きが好きなんだよ!
ワッフルみたいで美味しいだろ?
ならワッフルを食べろって?
ごもっともな意見だけど、敢えてたい焼きにカスタードってのが俺的にはポイント高いんだよなぁ。
もちろん、あんこたい焼きも嫌いってわけじゃない。
2個目を食べるならマストであんこだ。
カスタードのがより好きってだけで。
まぁ俺の個人的な主張はさておいて、だ。
「ところでどっちから食べればいいの? 頭から? それとも尻尾から?」
アリエッタがたい焼きをじっくりと観察しながら呟いた。
「これはまたベタな質問が来たな。俺は頭から行くけど、どっちでも好きな方でいいぞ。特に決まりがある訳じゃないから」
たい焼きは、お上品でヴォンジュールでな食事マナーのある食べ物じゃない。
庶民のお菓子だ。
「じゃあ尻尾からにしようかな。頭からはちょっと可哀想だもんね。それに尻尾のほうが細くて食べやすそうだから」
ほうほう、アリエッタはたい焼きは尻尾から食べる派、と。
しかもすごく女の子らしい可愛い理由だ。
俺は心の中の推しの子ノートに、アリエッタ新情報を書き込んだ。
「はむはむ……ごくん。へぇ、上品で控えめな甘さがすごく美味しいわ。心が一息つく感じ」
たい焼きを食べたアリエッタが満足そうに微笑む。
「あんこの優しい甘さは、ホッとするよなぁ」
アリエッタの意見に同意しつつ、俺もカスタードたい焼きをパクリとする。
俺は尻尾からではなく頭からだ。
特に意味はない。
昔からそうだっただけ。
頭から食べることを可哀想と感じたこともない。
この辺は男女の違いなのかもしれないな。
「あ、ユータのたい焼きは中身が違うんだ」
「俺のはカスタード入りだ。好きなんだよカスタードたい焼き」
「ふぅん」
アリエッタの視線が、俺の持つカスタードたい焼きをロックオンする。
「よかったら少し食べるか?」
なんとなく物欲しそうな視線に感じたので、一応聞いてみる。
「べ、別に食べたいなんて言ってないでしょ」
そうは言うものの、アリエッタの視線はまだ俺が持つカスタードたい焼きに注がれている。
明らかに強がりだった。
普段は節制してるからかたくさんの量は食べないけど、基本的にアリエッタは甘いものが好きだもんなぁ。
というわけで、ここは俺が水を向けるとしよう。
なにせ俺はお祭りのエスコートを任されたのだ。
エスコートする以上はアリエッタの気持ちを汲み取って、最高の体験を提供しないとだよな。
「うーん残念。カスタードたい焼きの美味しさを、アリエッタにも分かって欲しかったんだけどなー。(チラッ) いやー、残念だなー。(チラッ) あんことはまた違った美味しさがあるんだけどなー。(チラッ) 本当に残念だなー(チラチラッ)」
若干、棒読みだったかもしれない俺の露骨な提案を受けて、
「な、何ごとも経験よね。ユータがそこまで言うんだもの。美味しさを味わってあげないと、カスタードたい焼きも可哀想だもんね。それじゃあ一口だけいただくわ」
少し恥ずかしそうに早口で言ったアリエッタに、俺はカスタードたい焼きを差し出した。
それをアリエッタは受け取るのかと思ったら、パクっと直接かじって食べた。
なんとなく、親鳥に餌をもらう雛みたいで、ほんわか可愛い。
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