第87話 たい焼き


「なんだか分厚い衣をつけた、変てこな魚が売っているわね?」

「え? どこだ?」

「ほらあれ」


 アリエッタが指差した先を見ると、たい焼き屋台があった。


「ああ、たい焼きな」

「たい焼きってことは、あれはタイに衣を付けて焼いたものなの? その割には小さいわね。子供のタイかしら」


「あれは本物じゃなくて、タイの形をした小麦生地の中に、甘いあんこが詰まったお菓子なんだ」

「へぇ、そんなのがあるんだ」


「せっかくだからたい焼きも食べようぜ。美味しいぞ。すみませーん、たい焼き2個お願いしまーす。あんこと、カスタードを1つずつで」

「あいよ!」


 俺はたい焼きを2個購入すると、


「はい、どうぞ」

「ありがと」

 王道かつ定番のあんこたい焼きをアリエッタに渡す。


 俺のはカスタードたい焼きだ。


 たい焼きのあんこの代わりにカスタードを入れるのは邪道という人もいるかもしれないが、俺はカスタードたい焼きが好きなんだよ!

 ワッフルみたいで美味しいだろ?


 ならワッフルを食べろって?

 ごもっともな意見だけど、敢えてたい焼きにカスタードってのが俺的にはポイント高いんだよなぁ。


 もちろん、あんこたい焼きも嫌いってわけじゃない。

 2個目を食べるならマストであんこだ。

 カスタードのがより好きってだけで。


 まぁ俺の個人的な主張はさておいて、だ。


「ところでどっちから食べればいいの? 頭から? それとも尻尾から?」

 アリエッタがたい焼きをじっくりと観察しながら呟いた。


「これはまたベタな質問が来たな。俺は頭から行くけど、どっちでも好きな方でいいぞ。特に決まりがある訳じゃないから」


 たい焼きは、お上品でヴォンジュールでな食事マナーのある食べ物じゃない。

 庶民のお菓子だ。


「じゃあ尻尾からにしようかな。頭からはちょっと可哀想だもんね。それに尻尾のほうが細くて食べやすそうだから」


 ほうほう、アリエッタはたい焼きは尻尾から食べる派、と。

 しかもすごく女の子らしい可愛い理由だ。


 俺は心の中の推しの子ノートに、アリエッタ新情報を書き込んだ。


「はむはむ……ごくん。へぇ、上品で控えめな甘さがすごく美味しいわ。心が一息つく感じ」

 たい焼きを食べたアリエッタが満足そうに微笑む。


「あんこの優しい甘さは、ホッとするよなぁ」


 アリエッタの意見に同意しつつ、俺もカスタードたい焼きをパクリとする。

 俺は尻尾からではなく頭からだ。


 特に意味はない。

 昔からそうだっただけ。

 頭から食べることを可哀想と感じたこともない。

 この辺は男女の違いなのかもしれないな。


「あ、ユータのたい焼きは中身が違うんだ」

「俺のはカスタード入りだ。好きなんだよカスタードたい焼き」

「ふぅん」

 アリエッタの視線が、俺の持つカスタードたい焼きをロックオンする。


「よかったら少し食べるか?」

 なんとなく物欲しそうな視線に感じたので、一応聞いてみる。


「べ、別に食べたいなんて言ってないでしょ」

 そうは言うものの、アリエッタの視線はまだ俺が持つカスタードたい焼きに注がれている。

 明らかに強がりだった。

 普段は節制してるからかたくさんの量は食べないけど、基本的にアリエッタは甘いものが好きだもんなぁ。


 というわけで、ここは俺が水を向けるとしよう。

 なにせ俺はお祭りのエスコートを任されたのだ。

 エスコートする以上はアリエッタの気持ちを汲み取って、最高の体験を提供しないとだよな。


「うーん残念。カスタードたい焼きの美味しさを、アリエッタにも分かって欲しかったんだけどなー。(チラッ) いやー、残念だなー。(チラッ) あんことはまた違った美味しさがあるんだけどなー。(チラッ) 本当に残念だなー(チラチラッ)」


 若干、棒読みだったかもしれない俺の露骨な提案を受けて、


「な、何ごとも経験よね。ユータがそこまで言うんだもの。美味しさを味わってあげないと、カスタードたい焼きも可哀想だもんね。それじゃあ一口だけいただくわ」


 少し恥ずかしそうに早口で言ったアリエッタに、俺はカスタードたい焼きを差し出した。

 それをアリエッタは受け取るのかと思ったら、パクっと直接かじって食べた。

 なんとなく、親鳥に餌をもらう雛みたいで、ほんわか可愛い。


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