第17話 監視役? アリエッタ


 今後の俺の処遇に関する話がまとまり、エレナ会長の鶴の一声でギャラリーも含めたみんなが解散した後、


「ついてきて」

 そう言ったきり無言でどんどんと歩き始めたアリエッタの背中を追って、俺はブレイビア学園の豪華な廊下を歩いていた。


 第3訓練場から学園校舎を挟んで、ほぼ正反対の位置に学生寮はあった。


 ソシャゲだと一瞬で場面が切り替わってくれるが、歩くと地味に遠い。

 様々な施設があるブレイビア学園の敷地が広すぎるってのもあるんだけども。


 どれくらい広いかって言うと、大浴場や複数の訓練場があるだけでなく、炎や水、風といった属性ごとに精霊に祈りを捧げる聖堂がいくつもあったり、学園自前の練習用ダンジョンを敷地内に保有・管理しているくらいに広い。


 そしてすれ違う生徒すれ違う生徒が皆、男の俺を見た途端に驚いた顔をして、


「えっ、男!?」

「なんで男がここに!?」

「男やだ~!」

「エンガチョ~!」


「生徒会に通報する?」

「警備の方がよくない?」

「レベッカ先生呼ぼうよ!」

「でもアリエッタが一緒だよ?」

「脅されてるのかも」

「だとしたら許せないし!」

「ボコす? ボコしちゃう!? 男なんてアーシらなら瞬殺っしょ?」


 などと騒ぎ立てては、通報しようとしたり、逃げるように壁際に身を寄せたり、敵意を剥き出しにして睨み付けてきたりする。


 決闘の後の俺とエレナ会長とのやりとりを見ていない生徒からしたら、男の俺に対しては、やっぱりこういう反応になるよな。


 ここブレイビア学園は男子禁制の女の園であり。

 この場において、男の俺は究極の異端者なのだから。


 しかしアリエッタは、注目を浴びていることに毛ほども気にした素振りも見せずに、ずんずんと歩を進めていった。


「それにしても豪華な施設だよな」

 無言からくる重苦しい空気に耐えかねた俺がポツリと漏らすと、


「姫騎士は魔獣と戦う切り札だもの。一騎当千のスーパーエースが育てば、そっくりそのまま王国の得難い財産になるんだから、育成にお金をかけるのは当然でしょ。今はいないけど、魔王が生まれたら魔王戦争だって起こっちゃうし」


 ついてきて、といったきり俺のことなんてまったく気にしていない様子だったアリエッタが、律義に言葉を返してきた。


「なんだ、俺のことを無視してたんじゃないのか。歩き始めてから一度も振り返らないから、てっきり無視されているもんだとばかり思ってた」


「私はそんなに器の小さい人間じゃないわ。……そりゃあ、最初はなんで誇り高きローゼンブルクの姫騎士の私が男のお世話係なんて、って思って多少イラついてたから、なにか言われても無視するつもりだったけど」


「だったんかい……」


 エレナ会長の目がなくなったら、すぐこれである。

 まぁどう考えてもアリエッタは、俺のお世話係になることに納得してなかったもんな。


「でも今は冷静になったから。敗北の結果をちゃんと受け入れているわ。ムカつくけど、負けたのは事実だから」


「正直なんだな」

 思わず苦笑した俺に、


「これから一緒に住むんだし、ことさらに自分を取り繕ってもしんどいだけでしょ? それにユータを監視する役目は、誰かがやらないといけないんだし」


 足を止めたアリエッタがくるりと振り向いた。

 その顔には既に怒ったりイラついているといった様子は、これっぽっちも見てとれない。

 ソシャゲで目に穴が開くほど見た、勝気な笑みを浮かべた美少女がそこにはいた。


 推しのアリエッタが目の前にいることに、俺は改めて感動する。


「俺の面倒を見ろとは言われたけど、監視しろとまでは言われてないだろ?」


 そういうのは生徒会とか王立騎士団とか、もっと上の組織の仕事だろう。

 エレナ会長も、そこまではアリエッタに求めていないはずだ。


「ユータの実力は認めるわ。すごく強い。私だって戦闘には自信があったのに、手も足も出なかった。正直びっくりした」


「お、おう」

 でへへ。

 なんか知らんが、急に推しから面と向かって褒められちゃった。


「だけどやっぱり男だもの。ちゃんと誰かが監視しておかないと、大変なことになっちゃうかもだし。お姉さまもきっとそういう意味を込めて、ユータとルームメイトっていう名目の監視役を、私に任せてくれたのよ」


「大変なことってなんだよ? 俺は悪さをするつもりも、衣食住を保証してくれた恩を仇で返すつもりもないぞ?」


 俺は平和の国・日本で生まれ育った、人畜無害な一般人だ。

 向けられた好意を仇で返すよりも、それ以上の好意で返したい。

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