第16話 お世話係アリエッタ

「それではローゼンベルクの姫騎士の何たるかを改めて再確認した上で、アリエッタ。ユウタさんにはあなたのルームメイトになってもらいます」


 エレナ会長の言葉に、


「ええっ!? ちょっとお姉さま! なんで私が男とルームメイトにならないといけないのよ! 空いてる部屋は他にいくらでもあるじゃない!」


 アリエッタが再び抗議の声を上げる。


「当面の間、記憶喪失のユウタさんをお世話する人間が必要でしょう? あなたにはその役を担ってもらいます」

「そうかもだけど、でも! 男だし」


「この学園には女性しかいません。誰かがユウタさんのお世話をしないといけないのです」

「それは……」


「それともアリエッタは、記憶が曖昧なユウタさんに、何の手助けもしないでいいと言いたいのですか?」


「そういう意味じゃなくて……」


「アリエッタはユウタさんに決闘を挑んで負けたのでしょう? だったら責任をもってそれくらいのことはしなさい。これは学園を預かる生徒会長としての命令です」


「そんなぁ……」

 アリエッタが捨てられた仔猫のような情けない声を上げた。


「だったら俺からもお願いしたい。決闘で勝ったら何でも言うことを聞くって言ったよな? その権利を使って、しばらくの間アリエッタにお世話係をお願いしたい」


「アリエッタ、何でも聞くなんて、軽々しくそんな約束をしたの?」

「えっと、あの、えー、はい……」


「まったくもうあなたって子は、本当に後先を考えないんだから」

 エレナ会長が呆れたように呟いた。


「だって男に負けるなんて思ってなかったんだもん」

 アリエッタがいじけたように答える。


 エレナ会長はやれやれと言った様子で小さく肩をすくめると、俺に向かって言った。


「ですがユウタさん、あなたは本当にそれでよろしいのですか?」


「いいって、なにがだ?」

「何でも言うことを聞かせられる権利があるのに、お世話係を頼むだけで済ませるなんて、命がけで決闘をしたのに、割りがあわないと思いますけれど」


「安心してくれ。それが俺の一番にして唯一の望みなんだ」

 俺は胸を張って答えた。


 だって考えても見ろよ?

 推しの子が俺のルームメイトになって、さらにお世話係になってくれるんだぞ?


 もはや盆と正月とクリスマスと誕生日と、あと阪神タイガースの日本一が一緒に来たようなもんだろ?


 ひゃっほう!

 近くに道頓堀どうとんぼりがあったら、カーネルサンダース像と一緒に飛び込んでいるところだぜ!


 内心小躍りしていると、エレナ会長がじぃ……っと、俺を見つめてきた。

 アリエッタと同じ、ルビーのように美しい真紅の瞳が俺を捉える。


 なんとなく、言葉の裏にある俺の真意を読み取ろうとしているように思えた。


 でもどれだけ見つめてきたって、それ以外の意図なんてないんだけどな。

 俺は笑顔で、その燃えるような瞳を見つめ返した。


 エレナ会長はしばらく俺とお見合いをした後、


「なるほど、これで手打ちにしてくれるということですか。とてもお優しいのですねユウタさんは」

 苦笑するように言った。


「別にそういうわけじゃないんだ。俺がそうしたいからしただけで」


 これは俺の偽らざる本心なんで、優しいとか言われるとむしろ困る。


「ふふっ。では、そういうことにしておきましょう。では生徒会長命令に加えて、決闘の敗北者の義務として、アリエッタにはユウタさんのお世話係を命じます」


「そんなぁ……」

「アリエッタ、返事は?」


「ああもう! 分かりました! これでいいんでしょ!」

「よろしい」


「全然ちっとも納得してないみたいだけど、いいのかな?」


「構いません。何でも聞くと言ったのにお世話係だけで見逃してもらえるのだから、むしろ感謝する場面です。そうですよね、アリエッタ?」


「そうです! わざわざ見逃していただいて、ありがとうございました! ふんっ!」

「だそうですよ」


「あはは……」


 というわけで。

 俺は王立ブレイビア学園に入学することになり。


「ああもう最悪! なんで私が男の世話なんか! ほらユータ! 私の部屋、行くわよ!」


「あ、俺の名前――」


 推しに名前を呼んでもらえて、俺はどうしようもなくニヤついてしまう。


 だって推しに名前を呼んでもらったんだぞ?

 こんなに嬉しいことってあるかよぉぉぉ!!


 くふぅ!

 この世界、マジで最高だな!


「なにニヤついてるのよ。別に名前くらい普通に呼ぶし。いつまでもアンタってわけにもいかないでしょ……だってその、ど、ど、同居するんだし」


 最後は上目づかいで囁くように呟いたアリエッタに、俺は激しい胸のトキメキを抑えることができなかった。


 かくして。

 俺は推しの子である姫騎士アリエッタ・ローゼンベルクと同棲――同居なんだけど敢えてここは同棲と言いたい!――することになったのだった。


 なったのだった。

 なったのだった!


 いやっほーい!!

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