第18話 フェニックス寮334号室

「そ、それはその、だって……」

「だって?」


「だからここにいる女の子たちが……」

「女の子たちがどうしたんだ?」


「だからその……」

「なんだよ?」


 急にもごもごと口籠ってしまったアリエッタに、俺は続きを促した。


「だから! 女の子たちが片っ端から、に、にに妊娠させられちゃうかもしれないじゃない! って、女の子に何を言わせるのよ、この変態! これだから男は汚らわしいのよ!」


 アリエッタが顔を真っ赤にして吠えたてた。


 だがちょっと待って欲しい。

 あまりにも発想がぶっ飛び過ぎだ。


「いやいや、片っ端から妊娠させられちゃうとか、俺を何だと思ってるんだ」


「何って、男子禁制の女学園に一人だけ入学を許された若い男でしょ」

「ヤバイ! 完全に犯罪の匂いしかしないぞ!?」


 前言撤回!

 これはルームメイトレベルで密着監視が必要だわ!

 日々の警戒がマストでニードだわ!

 俺がアリエッタでもそう思うわ!


「やっと自分の立場が分かったみたいね。あ、ちょうど着いたわよ。ここが私の部屋」


 アリエッタが334と書かれたルームプレートがかかったドアを指差した。


「ここって――」

「フェニックス寮334号室。これからユータはここで生活するんだから、しっかり覚えておいてよね」


 フェニックス寮334号室。

 ソシャゲと同じ、アリエッタ推しにはとても見慣れた部屋番号だ。

 つまりここはアリエッタのお部屋の真ん前だった。


 俺は今日からここでアリエッタと一緒に生活するのだ。


 やばっ!

 マジやばっ!

 語彙力が死ぬほどやばっ!!


 推しと同棲する。


 その途方もない事実によって、俺のテンションはもはや太陽に向かって飛び立ったギリシャのイカロスもかくや、だった。


 アリエッタがルームプレートに手をかざすと、キンという軽い音がして、魔法によるロックが解除される。


 魔力の波動は人によって異なる。

 これは魔力の波動の違いを利用した、鍵の開閉システム。

 現代風に言うならキーレス生体認証というやつだ。


「そうだ、ユータの魔力も登録しておかないと。ちょっと待ってね。えっと登録ってどうやるんだっけ。たしかこれをこうして……あ、できた。ユータ、ルームプレートに手をかざしてくれる?」


「こうか?」


 俺は言われた通りにルームプレートに手をかざした。


 今度はキンキンと軽い音が続けて鳴る。

 おそらく俺の魔力波動が登録されたんだろう。


「これでユータもこの部屋に自由に出入りできるから」

「了解。それと色々と説明してくれてサンキューな」


「別にこれくらいいわよ。あ、外に出る時は必ず鍵を閉めてね。同じようにネームプレートに手をかざすとロックされるから」

 そう言うと、アリエッタはドアを開けて部屋に入った。


「それも了解。俺も入っていいんだよな?」

「お姉さま――生徒会長直々の命令なんだからいいに決まってるでしょ。決闘でも負けたんだし。ほら、早く入って」


「じゃあ、お邪魔します」

 俺はワクワクドキドキしながら、嬉恥ずかしの最初の一歩を踏み入れようとしたんだけど――、


「もぅ、なに言ってるのよ」

 アリエッタに言われてピタリと足を止めた。


「え?」

「自分の部屋に帰った時は、ただいまって言うのよ」


「そうだな。じゃあ……ただいま」

「ふふっ、おかえりなさい」


 アリエッタがふわりと優しく微笑んだ。


 むふぉおおぉぉぁぁぁ!?


 推しの子のアリエッタに「ふふっ、おかえりなさい」とか笑顔で言われてしまったんだが!?

 ソシャゲでも見たことがない新妻な雰囲気のアリエッタとか、なんだこれ天国かよ!

 間違いなくイベントCGがつくところだぞコレ!!


 同棲(自称)どころか、俺とアリエッタは既に運命共同体となっているのでは!?


 推しと書いて、運命共同体と読むんだな!

 OK。

 俺は今、真の推しというものを理解したかもしれない!


「さっきから、なに変な顔をしてるのよ? 早く入ってよね」

「おっとすまん」


 さっきの微笑みは、ただの気まぐれだったのか。

 すっかり素に戻ったアリエッタに続いて、俺はこれから共同生活を行うアリエッタの部屋へと、今度こそ足を踏み入れた。


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