第12話 会長エレナ・ローゼンベルク

「あはは、大丈夫大丈夫。ちょっと疲れただけだから。だからリューネもそんなに心配しないで」


「本当? 我慢とか無理とかしてない?」

「もちろん。全然してないから。こう見えて私、頑丈だもん」


「良かったぁ……」


「もぅ、リューネは心配性なんだから」

「心配ぐらいするよぉ」


 心配を吹き飛ばすかのようにアリエッタが力強く笑うのを見て、リューネは安心したように大きく息をはいた。


 話が一段落したタイミングで俺は一言、リューネに大切なことを伝える。


「この決闘は俺の勝ちってことでいいんだよな?」


「はい。決闘の立会人であるリューネ・フリージアの名のもとに、ユウタさんの勝利を宣言します。いいよね、アリエッタ?」


「事実、私が負けたんだから仕方ないでしょ。今は何を言っても始まらないわ。ま、次は勝つけどね、ふん!」


 強気に言いながら、プイっとそっぽを向くアリエッタ。


「すっかり元気になったみたいだな。やっぱりそっちの方がお前らしいぞ」

「だからアンタが私の何を知ってるって言うのよ!」


 アリエッタが「うがー!」と俺を吠えたてた。


 おっとと、またやっちまった。

 推しの子のアリエッタを前にすると、俺はどうにも舞い上がってしまって、口が軽くなってしまうみたいだ。


 でも仕方ないだろ?

 推しの子が目の前にいるんだもん。

 テンションは上がるし、心は天まで飛んで行っちゃいそうなんだから。。


 だけどこの世界じゃ、俺とアリエッタは完全に初対面。

 ソシャゲで知り得た情報は、怪しまれるから言っちゃいけない。

 その事だけはちゃんと肝に命じておかないとな。


 人間関係やらなにやらを改めて確認しつつ、決闘に勝利してひとまず一件落着したことに安心していると、


「これは一体何の騒ぎですか!」

 遠くから、よく通る凛とした女性の声が聞こえてきた。


 その声が聞こえた途端に、


「会長!」

「会長が来られましたわ!」

「ローゼンベルク会長よ!」

「今日も素敵に格好いいですわ!」

「いつ見ても美人~! ヤバッ♪」

「エモ~い!!」


 モーセが難民とともにエジプトを脱出しようとすると、奇跡が起こって海が2つに割れたかのごとく、野次馬の群れがさあっと2つに割れ、その間を一人の女性が優雅な足取りで歩いてきた。


 その顔を見た途端に、勝気だったアリエッタの顔が一瞬で焦ったような顔に早変わりする。

 いたずらが見つかった子供って言えば、一番わかりやすいだろうか。


「お姉さま……」

 聞こえるか聞こえないかといったように、小声でつぶやくアリエッタ。


 視線の先にいたのは、俺もよく見知っている顔だった。

 そう、俺たちの前に現れたのは――エレナ・ローゼンベルク。


 ブレイビア学園の誇る才媛にして、学園の姫騎士ランキング堂々の1位。

 入学以来負け知らず、学園の生徒会長も務める絶世の美女だ。


 ローゼンベルクという名前からも分かるように、アリエッタの実のお姉さんでもある。


 アリエッタと同じ、燃えるような赤い髪。

 ルビーのように透きとおった紅の瞳。


 まだまだ幼い顔立ちが残るアリエッタと違って、大人びた雰囲気と色気を感じさせる美しい顔立ちは、絶世の美女という表現が最も相応しい。


 しかし外見こそよく似ている2人の姉妹は、しかしそれ以外は全くの正反対だった。


 アリエッタが地道な努力を結果に変える「秀才」なのに対して、エレナ会長は誰もが羨む生まれついての才能を持った「天才」であり。

 アリエッタはエレナ会長に少なくないコンプレックスを抱いているのだ(仲が悪いわけではない)。


 言うなればウサギとカメ。


 はるかに先を行くウサギさんエレナ会長を、カメさんアリエッタが地道に追いかける。

 2人はソシャゲではおおむね、そんな関係性だった。

 そしてそれは、この世界でも変わらないようだ。


「アリエッタ、まさかとは思うけど、この騒ぎの原因はあなただったの?」

「あ、えっと……はい」


「はぁ、もぅ。あなたって子は。それでこの状況はどういうことなの?」

「あの、それは、色々あって……話せば長くなると言うか……」


「先ほど決闘と聞こえたのだけど? まさか決闘をしたの?」

「は、はい……」


 エレナ会長に問い詰められて、すっかり元気を取り戻したと思ったアリエッタが、まるで借りてきた猫のように大人しくなってしまった。

 爪が食い込むほどにギュッと両手の拳を握りしめ、額にはうっすらと汗がにじんでいる。


「当然、相応の理由があるのでしょうね?」

「それは、あの、私の乙女の尊厳を踏みにじられて……」


「アリエッタ、さっきからその態度はなにかしら? 誇り高き姫騎士の名門ローゼンベルク家の子女ともあろう者が、そのようにぼそぼそと小声で話すのは止めなさい」


「も、申し訳ありません、お姉さま!」

 アリエッタは慌てたようにピンと背筋を伸ばすと、大きな声で返事を返した。


 推しのアリエッタが問い詰められるのを見ていられずに、俺は2人の会話に割って入るように口を挟んだ。


「それについては、俺がアリエッタに無礼を働いてしまい、決闘をすることになったんです。騒ぎを起こした一番の理由は俺にあります。申し訳ありませんでした」


 まずはエレナ会長と視線を合わせながら丁寧な口調で謝罪をすると、日本式に深々と腰を折って頭を下げる。

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