第16話 パンドラの箱

「ロキ教官お疲れ様です。お先に失礼しますね。最近頑張ってらっしゃいますが、あまり無理なさらずに。」


「ありがとうございます。ジラルディ教官も帰り道お気をつけて。」


外はすっかり暗くなり、グラウンドの照明も消え、時計の針は学生たちの消灯時間である22時を過ぎている。山間部の訓練学校は周囲に建物がないため、夜になると本当に真っ暗である。深い暗闇の中で教官室の蛍光灯の明かりだけが大海原を照らす灯台のようにポツンと灯いていた。


 教官の業務は多岐に渡る。毎日提出される学生達の日誌のチェックから始まり、自分が担当する講義の準備、訓練の企画立案や効果測定の結果報告など、仕事は探せばいくらでもあり、泊まり込みで残業ができるくらいである。

ロキは教官室で一人、ジラルディ―教官の車のテールライトが山道を縫っていくのを窓からぼんやりと見ていた。


「さてと。」


机の上に乱雑に置いた書類をひとまとまりに片付けると、教官室の中央にある大きなコンピュータの前に座る。


「パスワードは・・・。」


マスターコンピュータは普段校長、副校長のみが使用を許可されていて、学生の個人情報のデータや成績のデータを入力、その修正ができると同時に、各教官のコンピュータからアクセスした履歴などの閲覧状況も分かるようになっている。教官はマスターコンピューターの情報に個人の端末からアクセスはできるが、コンピューター自体を使用して全体の閲覧状況を見たり、データを修正することは許されていない。ロキは普段から校長が使用するのをよく観察していたため、パスワードがあらかた推測できたのである。


軍のエリートであるロキがなぜこんなことをしているかといえば、やはり教官内部にアルカディアに内通している人物がいる可能性を排除できないと感じているからであり、教え子の身の安全が脅かされている現状に我慢がならないからである。普段訓練では鬼のように厳しいロキではあるが、教え子達のことがかわいくて仕方がないのだ。


学生の個人データを開き、順番に確認していく。作業を始めて少し時間が経った頃、ロキはおかしなことに気が付いた。


「9月1日、2日、4日・・・。」


モモとリコの学生データが一つの端末から短い期間に集中して閲覧されており、外部にダウンロードされた履歴があった。


「閲覧者の端末の番号は・・・H-2023か。」


教官には一人1台コンピュータがあり、外部に情報が漏洩しないように、パソコン自体がチェーンで床に固定されていて、外部に持ち出せなくなっている。リコは1台1台コンピュータの裏側を確認していく。裏側にコンピュータの端末管理番号が書かれているからである。何台か確認していき、ある1台の前で手を止めた。


「いや、まさかな・・・。」


それはジラルディ―教官の席のコンピュータであった。

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