第12話 黒い封筒
「いきなり何だろうな。」
「またリコが何かやったんじゃないの?」
「何もしてないよ。」
屋内訓練場は学生が宿泊する棟とは別棟の体育館のような施設で、普段学生が講義を受けたり式典を行うことに使用していて、トレーニング施設も完備された場所だ。
昼休み中に学生全員に対して呼び出しがあるというのは、たいてい何か良くないことがある時で、全体にペナルティーが課せられることも今までは多かったため、集まってくる学生達の顔は全員もれなく曇っていた。
「全員集まっているか?」
ロキ教官が話し始めると、訓練場内は風のない湖面のように静まり返った。
「休憩時間中にすまない。緊急の連絡があって、皆に集まってもらった。」
「アルカディアの夜明けという組織については、俺の講義でも扱ったので、皆理解していると思うんだが、その組織の動きが最近活発化してきている。」
「特に学校の行き帰り、外出時は必ず複数で行動するように徹底してくれ。訓練生ではあるが、皆もケルトの兵士の頭数として見られていることを忘れてはならない。」
「警備当番の数を増やすことにした。新しい輪番表を当番室前に張り出してあるから、各自確認しておくように。」
訓練学校では夜間、学生が交代で警備を行う。2名ずつ1時間交代で訓練学校敷地内を巡回警備していた。訓練学校の敷地は広い。幽霊を見ただとか、誰もいないはずの部屋から声が聞こえたなどという噂があり、学生達にしてみればあまり気乗りしない任務だった。
「学校の周辺、行き帰りで不審な人物を見かけた時は、教官に必ず連絡すること。以上だ。全員解散。」
そう言うと、ロキ教官は立ち去った。
ペナルティーが無かったため、学生達は拍子抜けと言わんばかりの安堵の表情で、各々の部屋へと戻っていった。
「ロキ教官、怒っているわけじゃなかったね。てっきりリコがまた何かやったのかと思ったよ。」
サッチが安心した顔で言った。
「また、は余計だろ。俺だっていつもミスするわけじゃないさ。」
「またリコのせいで腕立て伏せかと思ったわよ。」
モモが後ろから言う。
「俺はエリートなんだ。エリートはミスしないものなのさ。1発必中~。」
そう言ってリコは銃を構えるふりをしてみせた。
「そうですか。それじゃーエリートさん、今日の放課後の追試頑張ってねー。」
「追試?・・・」
「その顔は、もしかして忘れてた?さすがエリートさんは違うわね。1週間くらい前だったかしら、ジラルディ―教官に言われてたじゃない。17時30分、第2会議室よ。」
「そうだったー(泣)・・・。」
リコは髪の毛をくしゃくしゃに搔きむしり、頭を抱えた。
「モモはそうゆうのよく覚えているよね。自由時間はトレーニングしかしていないのに、テストはいつも満点だし、授業中に全部覚えているの?」
サッチが感心して言った。
「まあねー。でも、エリートさんにはかなわないけど。」
三人は談笑しながら部屋へと戻っていった。
「ロキ教官、今日はどうかなさったんですか?」
ジラルディー教官は、ロキ教官のいつもと違った学生への対応に疑問を持っていた。
「特にいつもと変わりませんよ。」
「・・・いや、やはりジラルディー教官に隠し事はできないようですね。」
そう言うとロキ教官は懐から黒い封筒を取り出した。
~アルカディアの夜明けは近い。若い兵士達には死を。アルカディアには栄光を。~
「これが今朝訓練学校のポストに入っていたそうです。警備員から私に報告が。先日うちの学生が2名、町のレストランでアルカディアの構成員らしき人物と揉めまして、私が偶然対処したこともあったので、少し心配になりまして。」
「あまり良い兆候ではないですね。アルカディアの夜明けも最近徐々に過激になってきているらしいですから、一応教官会議で全員共有しましょう。」
「お願いします。」
ジラルディー教官はもともとケルト軍の司令部にいた人物で、教官達からの信頼も厚く、教官全体のまとめ役をしていた。ロキ教官の先輩にあたる人物であり、軍人というよりは優れた知将といった雰囲気の持ち主であった。
「私達も気を付けなければなりませんね。特にロキ教官は軍人の業界では有名人ですから、派手な行動は慎んで下さい。」
「ちなみに、誰なんですか?アルカディアの夜明けと揉めたという学生は。」
「リコ・バルトとモモ・アギレラです。」
「なるほど、気を付けるようによく言って下さい。私は次の講義があるので失礼しますね。」
ジラルディー教官は足早に去っていった。
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