ホワイトバックショット・オーバーラン!

うなぎの

ホワイトバックショット・オーバーラン!

・・・にょろにょろにょろにょろ・・・・。


・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!


信じられないかもしれないが、俺の日常は、少し前まで!朝焼けの浜辺を恋人と散歩する時みたいに穏やかだったんだ!(恋人いた事無いけど!)手を繋いでよ!

いつもみたいに宿主こいつがオナって眠るまで詩を朗読して、それから温かい布団でぐっすりと眠り、太陽と一緒に一日の始まりを迎えるはずだったんだ!しかし!いまは!


・・・にょろにょろにょろにょろ・・・・!


「・・・くっ!!」


ばれたか!?


周囲に立ち込める黄体化ホルモンのむせるような臭い、それに・・・。


・・・にょろにょろ・・・・・・・・にょろ!


「チィッ!!」


奴ら精子だ!!!


「・・・うーん気のせいかぁ・・・」


・・・・にょろにょろにょろ・・・・。


奴らの気配が去ると、物陰に潜んでいる俺はひとまず胸をなでおろした。


精子と聞くと貴様らはすっかり見たままのあの姿を想像する事だろう。つまり、白く細長い糸くずの先に楕円形の玉が付いただ。いかにも元々精子の一つだった奴が疑いもせずに思い込んでいそうな事だ。しかし、実際のところそれは、貴様らの正常に発達した脳みそが見せる奴ら精子の偽りの姿に過ぎない。実際の奴らは真っ白い全身タイツ姿で小さな体躯のソフトマッチョでつるっぱげの頭から一本だけ白い毛が生えて、常に全速力で辺りを見境なく走り回り、汗だくで叫びまわり、そのたびに頭頂部にそびえるそれが風も吹かないというのにひらひらと揺れやがるんだ。その様はまるで、今にお前を受精させてやるぞと言わんばかりの気色の悪さと図々しさを放っていると言う事はもはや筆舌に尽くしがたい。


「ゲヒャヒャ!!卵子ー!卵子ー!どこだー!」

「アアー!今日のぼくはサンタクロースー!素敵な君へのプレゼントはミトコンドリアー!」


・・・・きっしょ。


奴らときたら、信じられない程噂通りの奴らだ。馬鹿で暴力的で傲慢、生理的に受け付けないという、何かを評価する際にこの上なく侮辱的で排他的な言葉があるが、奴らにはまさにその言葉こそ相応しいと言えるだろう。そもそも、俺自身そう思えるのがこいつの意思なのかも知れねぇ。だったら、猶更。お前らに捕まるわけにはいかねぇ!


「この場所も・・・じきに見つかるな」


奴らの数は数秒ごとに増えていく、そしてこれは不幸な事に、この物語を盛り上げるための誇張表現などでは決してない、俺が今いる場所は、対流が緩く体の小さい奴らにとって、非常に活動しやすい環境なのだ。最も表皮に近く、夕日のような光がほのかに差し込むこの場所を、日課である詩の朗読の場にしていたことがこの日に限って仇になるとは何たる悲劇!


「兎に角、とっとと逃げないとな・・・」


・・・カランカランカラン・・・・!


「しまった・・・!」


・・にょろ!


「いたー!」

「卵子ちゃん!」


「くそ!!誰だ!こんなところに空き缶を置いた奴は!」


「待てー!」

「待て待てー!」

「待て待て待てー!!」

「待て待て待て待てー!」


きっしょ!


細胞分裂と老化を繰り返した貴様らはもうすっかり忘れてしまっていると思うがこの場所は現在貴様らが思っているよりもずっと広く立体的だ。わかりやすく最も身近なものに例えるとするならば・・・そうだな。赤い帽子を被った髭の配管工、そう、彼だよ。この場所は彼が長年挑み続ける宿命の長く険しい道の数々の、ちょうどワールド3あたりの初期のステージに類似している。何体かの三下を打倒し、操作に慣れて気持ち良くなり始めた貴様らが、ゲームを始めてから初めて残機の全て使い果たし、画面に映し出されるアルファベットを呆然と眺め、無意識に別のゲームのパッケージと宿題とクラスメイトのゲームが得意な友人の存在を思い浮かべることになるあのステージだよ。この場所はそこに似ている。


「うおおおおおおおお!」

「捕まえたー!」

「僕が一番優れている!一番!一番だ!」


「ちぃっ!」


仕方がねぇ、こうなったらあれを使うか。


「それっ!」


ボヨンッ!


「なっ!」

「どこどこどこ?!」

「上だぁー!!」

「飛んだ飛んだ飛んだっ!」

「かっこいいー!卵子チャーン!!カッコいいー!」

「キャー!」


「・・・」


もはや、何も言うまいよ。


この波打つ壁には、受精卵となり動けなくなった俺たちを運ぶ重要な役割がある、本来ならこんな方法に使われるのは不本意だろうが、状況が状況だ。


「捕まえた!」


「?!」


ジャンプの時、一つ取り付いてやがったか!?


「もう、二人きりだね?卵子ちゃん?」


「おらああッ!!!」


バキッ!


「へぶしっ!!あ!あ!あれ?!ぁぁぁあああああ~~・・・・」


ふん、落ちな。


ひとりでこの俺を受精させようなんざ甘く見られたものだ。しかし、今のは危ないところだった。ひとりだったから良かったが、貴重な卵丘細胞層シールドが少し削られちまった。


俺は、さらに高い場所まで移動して、あたりを見渡してみた。スペースコロニーのように筒状になっているちょうど真ん中あたりのこの場所は、最も奴らから遠く、さらに、視界も広い、情報を整理するに、これ以上のロケーションは無いだろう。


「・・・」


知らぬが仏と言う言葉がある。住み慣れた地を見下ろし、また見上げて、俺は愕然とした。


「どこ!?どこぉ?!どこ!?」

「ここかなここかな!?」


バキィッ!(家具をへし折る音)


「あー!プリンっ!」

「いーなー!」

「半分ちょうだい!半分ちょうだい!」

「ほかにも食料がいっぱい!」

「げひゃ!全部俺のだ!!」

「だめだ!健康のためにバランスを考えて調理するんだ!」

「そうだそうしよう!」

「俺はチャーハンを作るぞ!」

「僕はナシゴレン!」

「俺はガパオライス!」

「俺はパエリアを作るぞっ!」


・・・。


「おらおら!お前ら気合を入れろっ!何様のつもりだ!そんなんじゃ受精卵になるどころか!クオーターラインすら超えられない!わかってんのかお前ら!!」

『サー!イエッサー!!』

「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」

「Cyclone!Cyclone!Cyclone!」

「微小管ブンブン!!」

「ワンモワセッ!!」

「・・・貴様らのような出来損ない共は輸精管からやり直しだ!!わかったか?!」

『サー!イエッサー!!』

「あ?なんだと!?すると貴様らは出来損ないなのか!?ええ?そんな弱腰で元気な赤ちゃんになれると思っているのか!?母子ともに健康ですと!助産師さんにいって頂けると思っているのか?!ええおい!?」

『サー!ノー!サー!』

「だったらもう40セットだ!!それが終わったら卵管往復50本!」

『・・・ッ!!』

「返事はどうしたウジ虫ども!!いや貴様らはそれ以下の存在だ!ウジ虫に失礼だ!!思いあがるなこのパンツにこびり付いたチンカス共!!我らに残された猶予を一秒たりとも無駄にするな!挑み続けろ!腐った仲間の死体を越えてゆけ!!!最後の一人になっても決してあきらめるな!!わかったかこの出来損ない共!!!」

『・・・ッ!!!サー!!!!!イエッサー!!!』



・・・あのプリン、今夜食べようと思ってたのにな。



俺はそうやって、的外れな失望をする事で自分の本心を誤魔化した。うっすらと感じていた嫌な予感がこの時、確信に変わったのだ。


「・・・まぁ、そう言う時だってあるよな?」


片手で腰を据えていた足場を撫でる、健康状態は良好そのもの、そしてこの時も返事は無かった。


「寂しくなんかないさ。俺はな」


さて、こいつも眠るみたいだし俺も少し寝るとするか。


・・・。


夢?なにを見るかって?



俺が見る夢はいつだって決まってる。そこそこの対人関係、学業、つまらない性質、と言っても誰かから直接言われたことは一度も無かった気がするが・・・。成り行きで進路を決めて、いきなり必死になりはじめる同級生を心の中で冷笑し、適当に決めた就職先。すっかりひねくれた中年にこき使われて、しらないうちに本部からやってきた若い上司にやんわりと無能を晒される。定時に帰る派遣の連中を横目に夜遅くまで働き、月によっては土日も無い。ボーナスなんて夢のまた夢、祝日だって無いんだ。毎月の給料は家賃と生活費、貯金、残った分を推しとこれから伸びそうな奴に注ぎ込む、無理のない程度に。休日は西日に起こされて四畳半、シャワーを浴びて歯を磨いて早々に寝る準備。その後、次の日まで一人でゲームをする、片手間で動画を見ながら。そんなありふれた幸せな夢さ。だがいつだって決まってその夢は唐突に終わりを迎える。


一台のトラック。


そう、つまり、俺はってわけさ。




ちゅんちゅん・・・・ちゅんちゅんちゅん・・・・。




ああ、これか、これがあの有名な朝ちゅん・・・ッ!


なわけあるかっ!!


この音は雀のさえずりなんかじゃない!この音は奴らがシールドを削る音だ!


「ようやくここまでたどり着いたよ?卵子ちゃん!」


「おら!!落ちろッ!この野郎!おらおら!」


俺は最も側にいた奴を蹴り落とした。

奴らめ信じられない事にこの高さまでそれぞれの体をブロックのように積み上げて昇ってきやがったんだ!しかも下からだけじゃない。この場所がチューブ状になっている事が事態を更に悪くしている!


「ああああーーー!!!」

「うわーーー!」

「卵子ちゃん―!!」


蹴落とした奴を筆頭に一つの群れがバラバラと崩れ落ちて大勢が叩きつけられ、形を保てなくなった奴らは瞬く間に『スペル魔』へと変換される。


「しめた・・・!」


上からも下からも左右からも奴らの手が伸びている。絶体絶命のピンチとはまさにこの事だ。

だが諦めるにはまだまだ早すぎる。あの大量のスペル魔があればこのピンチを乗り切るのは容易い。ん?スペル魔を知らない?仕方がない、30を過ぎても童貞じゃなかった奴らの為に俺たちの秘密の一つを特別に教えてやろう。スペル魔とは呪文を現すSPELL。更に魔法を現す魔を連ねた和製英語で奴ら精子の肉体を構成する物質だ。

何故そんな言葉が日本出身なのかって?それはな、世界で初めてスペル魔を操ったと言われる30を過ぎても童貞だった偉人が現れたのが日本だったからだ。


・・・偉大な先人にッ!敬礼ッ!!!


俺と同族の奴はとっくに見飽きただろうが、この物語を見ている奴にはそもそも30年も生きて無い奴も居るだろうし女もいるだろう。まぁ見てな。


「卵子ちゃーん!!」

「つつつつかまえたど!」

「俺が一番だ!」


ちゅんちゅんちゅん・・・・パンッ!


シールドが割れたか・・・だが。



もう遅いッ!!



「卵子ちゃーん!え?」


『氷山を掴む六本指、月光』


「卵子ちゃん?!」


『セミの目、ランダムドット、真夏の氷柱つらら


「卵子ちゃん!ねぇ卵子ちゃん!具合でも悪いの?」


喰らいな。


『・・・・№13ナンバーサーティーンカオスアロー‼‼‼』


『うあああああ!!!』

『ぎゃああああああ!!!!』


無数に発射される破壊のエネルギーによって、奴らが造り上げた即席の足場は無残にも傾き崩壊した。

ご覧の通り、これがスペル魔を触媒に発動させる攻撃魔法だ。


「・・・奴らが俺に殺到する→魔法で奴らを迎撃しスペル魔に変換→そのスペル魔を使って魔法で奴らを迎撃。見事な永久機関だな」


還元されるスペル魔の量は十分。このまま籠城戦としゃれこむか。そう、思っていた矢先。


・・・ドクンっ・・・・。


・・・・なんだ?


状況に変化は無い、しかし、全身の細胞に走るこのざわめき。俺だけじゃない、精子たちまでもが動揺しているようだ、こいつはただ事じゃない。


「・・・・」


「・・・・」


厳かな沈黙がその場を支配していた。まるで、子宮せかいの時が停まったかのように。


・・・・ドクンっ!!!


そして、時は動き出す。


「・・・・あ!」

「あれは?!」

「あー!!あー!!」


「ッ!?」


精子共が指さす方を俺も見た。

空、と言うのは適切じゃないかもしれないが、あえてそう言わせてくれ、空に穴が開いて、そこからゆっくりと何かが落ちて来るのが見える。


間違いない、あれは。


『卵子ちゃんーーーー!!』


まだ目覚めてすらいない卵子に向かって奴らが一斉に殺到する。魔法を使うべきか?いやそんなことをしたら生まれたばかりのあいつにもあたっちまう!

俺も足場を飛び移って向かう!間に合ってくれ!


『・・・苔むした水晶。蟹の殻・・・!』


奴らは瞬く間に新たな卵子目がけて殺到して早くもそのシールドを突き破った!


『うあああああ!!!!!』


『嘲笑うカラスの左目。絡む軟泥。シャシュカの煌めき・・・・!!』


だが。


「間に合ったぜ」


『!?!?!?!?』

『双子だああああッ!!!』


踊り狂え。


№5ナンバーファイブソーダポップ・ツインブレードッ!!!!』


『ぎゃあああああああああ!!!!!!』

『ああああああああああっ!!!!!!!!!!』


あらかた片付いたか?それにしても・・・。


「おい、起きろ!」


俺が肩を軽く揺らすと彼女は小さなうなり声をあげて目を開き、微笑む。


「まぁ」


「ここから逃げるぞ!立て!」


「ふあ・・・む・・・ん?・・・にげる?」


彼女が首をかしげて答える。なんて鈍間なんだ!ああもうっ早くしてくれ!!


「そうだ!ここから逃げるんだ!俺と来い!」

「ふふ、ごきげんよう。まぁ、あなた、ここ、精子が付いてますわ?」

ふきふき・・・。

「あ。ああ・・・ありがとう」

「あなたはだあれ?わたくしは・・・」

『卵子ちゃーん!!!!』

「ああ!今はそれどころじゃない!こっちだっ!」

「ふふ・・・あなたは?」

「卵子。お前は?」

「わたくしも卵子ですっ」


俺は彼女を抱えて奴らの居ない場所へと必死に逃げた。幸い、重さは細胞一つ分なので軽いもんだ。


「あの方たちはいったいどなたなのかしら?」


こっちは必死だというのに、彼女は呑気に辺りを見渡してそう言った。俺は渋々答える。


「あいつらは精子だよ!」

「まぁ!あの方々が?ぉぉーぃみなさまーわたくしです卵子はここですよぉー!」


『うぉおおおおおおおお!!!!!!!!』


「ばっバカ!!!やめろ!!刺激すんな!!」

「わぁ・・・なぜです?あの方々と未来を築くのがわたくし達の使命なのでは?」

「まぁ、普通はな・・・だけどな。まぁあれを見て見ろ」


俺は目を背けていた事実と再び対峙する事にした。白い大群、一見してみんな同じ形だがよく見ると明確に違いがある。


「あいつらは、その、種類が多いんだ・・・わかりやすい奴で言うと、あの金髪ブロンドを見て見ろ」


俺は奇妙なイントネーションの叫び声がしている背後を軽く顎で指してそう言う。


「ふむふむ」


『oh!マイハニー!アイラヴユー!フォーエバーッ!!』


「・・・」

「ごきげんよぉ」・・・ひらひら


「・・・明らかに、ほかの奴と違うだろ?」

「ふぅむ・・・言われてみればそうかもしれませんね」

言われなくても明らかに違うだろ!顎もケツみたいに割れてるし!髭だって濃いだろう!瞳だってサファイアみたいなブルーじゃないか!隣の奴なんて・・・はぁ。まぁいい、それって個性だよな?うん。

「・・・それに、それにあそこも見て見ろ」

「ふむふむ」


わんわんっ!

にゃーにゃー!

ヴ(メ)ぇーー!

ヒヒーンッ!

パォーン!


「・・・・」


一体どうしちまったって言うんだ・・・ッ?


「まぁ・・・!なんて可愛らしいんでしょう!あれは象さんね?ふふ。わたくしだってそれくらいの事は知っているんですよ?」

・・・ちがうだろ?


「はぁ。兎に角、普通じゃない。お前には解らないかもしれないけど、こんな状況は普通じゃないんだ。受精できない」

「なぜ?」

「こんな状況で生まれても!きっと幸せになれないからだ!俺たちも!こいつも!」

「するとあなたは卵子でありながら二律背反に苦しむ反出生主義者でもあるのですね?」

「いやそれは全然ちがうんだけど・・・(こいつ難しい言葉を知ってるな)」


『卵子ちゃーん!!!うぉおおおおおおお!!!!!』


「ちっ!動きが活発になりやがった!追いつかれる!」

「みなさまぁーがんばれがんばれぇー」


『うぉおおおおおおおおおおおお!!!!』


くっ!こいつのせいか!!仕方ねぇ!


「それっ!」


ボヨンッ!


俺はもう一度高く飛んだ。威力の高い魔法はもう打てない。次の排卵が誘発さるかもしれないからな。ここからはプランBってやつだ!


宙に浮いた体は狙い通りある場所へと吸い込まれるようにたどり着く。ひときわ大きく長い鼻。


「・・・きゃぁ!」


いくぜ!


「ハッ!!!」


『・・・・ッ!!パオオオオオオオオオンッ!!!!!!』


『うあああああああっ!!!』


象だ!象は時速40キロで走ると言われている。いろんな意味でも安心だ。


さらに!


『蒼穹。蒼々。弾丸と槍』

「ひゃ!まぶしい!」


来いッ・・・!


「まぁ・・・!」


ドカカカカカカッカカカカカカカカカ!!!!!!!


『ぎゃあああああああ!!!』


消費するスペル魔が少ないこいつなら使っても問題ないはずだ。


「それは?わたくしもぜひ欲しいわ」

「こいつか?」


俺は目を輝かしながらそう言う彼女に見せつけるようにして召喚したものを手前でクロスした。


「こいつはスペル魔を弾丸にして飛ばす魔銃、ユカニー&カドニー」


キラッ×2


「まぁ!でしたらわたくしはクリニーを・・・」

「ストオオオオオオオオオオップ‼‼‼‼‼‼」

「まぁ・・!」

「まぁじゃないんだよまぁじゃ・・・まったく。コンプライアンスもくそもあったもんじゃねぇぜ」

「うふふ。あなたとても親切なんですね?あ。でも前を見た方がいいのでは?」

「え?うぉおおおおおおおあぶねぇ!!!」

「さ。あなたは象さんの運転に集中して。わたくしが撃ちます!さあさあ(キラキラ)」

「・・・ッ!」






しこしこ・・・・!

『・・・ッ!!』

「・・・」

双狼そうろうオルトロス。

「さぁ!撃ちますわよー!」

彼女は、タンクの圧力を高め片目をつぶり、ぺろりと舌を出してそう言った。その照星は、奴らの大群に向けられている。

「それぇー!」

『・・・ッ!!』

ピュッ!!

「それそれそれぇー!」

『・・・ッ!!』

ピュッピュッピュッ!!!!

「おかしいですわ?あなたのようになりませんね?」

しこしこ・・・!

『・・・ッ!!!』

だろうな。だってそれ水鉄砲だもん。(一応生きてる魔銃だけどさ。頑張れ、オルトロス・・・)



しかし。



ぴゅピュッ!・・・ぺちゃ。


(おっおい!お前!当たってる当たってる!卵子ちゃんの攻撃!)

「え!?あ!ああああああああッ!やられたあああ!」



『!』

「見ましたか?!ねえいまの見ましたか?」

「ぁ・・ああ」


あいつら、優しいとこあるじゃん。


「・・・よぉーし!」


しこしこしこしこ・・・!!!


『・・・・ッ!!!!』


「それぇー!」


ぴゅぴゅぴゅぴゅ‼‼‼


『あ!!ああー!やられたぁあー!』

『ぎゃああ!』


「うふふ・・・まだまだ・・・」


しこしこしこ・・・!


『・・・・ッ!ッ!』

ぷしっ・・・ッぴゅッ!!

「きゃっ暴発ッ!」

・・・へな・・・。

「あら?どうしたのかしら?」


しこしこしこしこ!!!


『ッ!!ッ!!』


「おっおい!もうやめろ!玉切れだ!赤くなっちゃってるじゃないか!」


「たまぎれ?そうでしたか・・・それは悪いことをしました・・・なでなで。痛いの痛いのーとんでけー!」


『ッ!!!』


ポンっ!


「まぁ!」

タイムリミットか、お疲れ。オルトロス。

「見ましたか?まるで手品みたい!」

「ああ見たさ・・・このまま逃げ切るぞ!」


俺はゾウの耳をぎゅっと握って進路を出口へと向けた。


「・・・」


「どうした?」


出会ってから間もない関係だったが、俺には彼女の違和感がすぐにわかった。どうしてだろうな?もしかしたら俺の中にも同じ疑問があったのかもしれない。


「ええ、ただ」


「ああ」


「あなたを疑うわけでは決してないの。ただ、このまま逃げたとして、わたくしたちはどうなってしまうのかなと、ふと思ったのです」


俺は、象に加速を促し、答える。


「・・・・ハッ!!・・・・そうだな。俺たちは体の外に排出されて、トイレの中か、ゴミ箱か、海か、川で、何にもなれないまま孤独に腐っていくのさ」


今に始まったことじゃない、誰だって、なんだってそうじゃないか。だろ?それが早いか遅いか、不幸だったか幸福だったか。だろ?


「そうですか・・・わたくし、やっぱりそんなのやです。だって夢があるんですもの、わたくし浜辺を思い切り走ってみたいんです・・・こーやって!両手を広げて。ふふ!・・・ぁぁ!きっと素敵だわ」


「・・・そうか」


俺が言い終えたのと、俺たちがある境界を越えたのはほとんど同時だった。

象はスペル魔に変換され、追ってきていた大勢の精子たちはある地点を境にピタリと立ち止まったままだった。


「あの方々どうしたのでしょう?」


「あいつらにこっちに来るだけの余力は残ってない」


極小の細胞一つに過ぎない者に特定の条件下でのみ訪れる奇跡とも呼べる力、あいつらも殆どが腐っていくのだ。頭の良いやつの目には早くも涙が浮かべられている。


先に言っておくが、俺は決してセンチになったわけじゃない。


「実は俺にも夢があったんだ」


そう言うと、曇りがちだった彼女の表情がパッと明るくなる。まるで向日葵のように。


「どんな?」


「ああ、その。野球選手・・・(ボソ)」


笑え、笑うがいいさ。どうせ最後だ。しかし、反射的に身構えた俺の心は肩透かしをくらう。


「まぁ!素敵な夢!きっとなれますよ!あなたでしたら」


彼女はそう言って、両手を胸の前で鳴らして目を輝かせる。彼女はきっと、失敗を失敗と思わない質なのだ。正直言ってそんな彼女が羨ましい。俺は違うんだ。少なくとも、彼女が思っているような人物では無かったし、そうなれる自信もまるでない。


「そんな確証どこにもないだろう?」


でも嬉しいぜ。ありがとう。


「そうだ!一緒にせーので受精してもらえばいいんです!それでお互いに助け合って夢を叶えればいいんです!うふふ、今まで見たいに!わたくしったらなんて賢いんでしょう・・・きっとおか様に似たんだわ?おじい様かおばあ様かも・・・!」

「おい!おいおい!俺はいいんだ!本当に・・・はぁ、大丈夫。本当にいいんだ。お前は行けよ。お前がそうしたいなら、きっとそうすべきなんだ」

「・・・そう、ですか?ほんとうにそれがあなたの意思なのですか?」

「ああ、もちろんだ。むしろ、お前の意見も聞かないで俺の勝手に付き合わせて悪かったな」

「悪いだなんて、とても刺激的な経験でしたよ?」


彼女がそう言ってにっこりと微笑む。


宿主こいつに何があったのか知らない。けれど、彼女が、生まれてきた一つの卵子がこう思うっていうのもこいつの意思なのかもしれない、俺はなにも強要は出来ないし余計な事も言えない。大体、俺の方が間違ってるかもしれないんだ。ただひとつ俺に分るのは彼女はとてもとても勇敢な卵子だってことだ。きっと何があっても大丈夫だろう。がんばれよ。


「じゃあな。元気でな」

「ええ、ごきげんよう。わたくしあなたの事きっと忘れませんわ」

「フッ。かもな」


背後で精子たちが歓声を上げたのがわかった。世界全体の茜色が段々と濃くなりまるで夜明けのように騒がしくなる。


はずだった。


「・・・!おまえ!?」


「うふふ。血は水よりも濃く。牛は牛づれ馬は馬づれ。最も、わたくしたちは卵子であの方々精子ですけれど・・・あなたと一緒がいいなと思いました」

「・・・お前なぁ。本当になんもないぞ?ただこのまま腐ってくだけだぞ?」

「そうかもしれません。ですけど、わたくし、ああどうしてでしょうきっとそうならないってわかるんです!わたくしたちはきっとどこかに存在し続けるって!わかるんです・・・どうしてでしょ?うふふ」


「お前は本当に勇敢な卵子だよ」

「あなたはとてもひねくれた卵子ですね?うふふ」


♪~♪~


「あら?この歌は?」


目に涙を浮かべた精子たちの大合唱、この曲は。


「ああ、サラ〇だな」


「まあ!わたくしあの番組大好きですの!」


「ふっそうか・・・さ、行くぞ。あてはないけど」


「はいッ!」


先の事なんてわからない。わからない方がいい時だってある。そして、今がきっとその時なんだ。どうやら俺たちの冒険はまだ始まったばかりのようだ。











・・・・コッ・・・コッ・・・コッ。


・・・ガチャ。



・・・・・。


(  )(  )


・・・シャー・・・・。



「・・・・」



( | )(  )



・・・・ほっ。

                          おしまい

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