012 ゾンビ

 中学の時の先生の話。

 私は当時いじめられていて、中学入学から早々しばらく学校に通っていなかった。そのまま一年がたったが、学年が変わってもいじめられてしまうのではとの思いから二年生になっても学校に行くことができなかった。頭では理解していても、体に不調が出てしまうのでどうしても学校に行くことができなかった。ただ、二年の時の担任だった人がひどくしつこい人だった。

 その人はハヤカワというらしかった。というのは、始業式の後、彼女は私の家に来たときにそう名乗ったからだ。私の様子を見に来たというのだった。私はというと、話をしたいとは思えなかったので、その旨を母親に伝えてこっそり玄関を覗いていた。彼女は私に会うことなく帰って行った。

 それ以降、ハヤカワは毎週私の様子を見に来た。三回目を過ぎた頃だったろうか、三顧の礼だのなんだの言われつつ、私は母親に引きずり出されるようにして彼女と対面することになった。私の見たハヤカワの第一印象は、やや不健康そうというものだった。かなり細い体に白い肌からそう思ったのだろうか。私も同様に不健康な生活をし、相応の見た目を毎日鏡の前でさらしていたので、少しばかり親近感が湧いたのを覚えている。また、彼女は私の姿を見て喜ばしそうにしていたのも印象に残っている。その日はおそるおそるたわいもない話をして、彼女は帰って行った。

 その日以降、毎週金曜日にハヤカワが我が家に来ては雑談をして帰るというルーティンが出来上がっていった。私も気兼ねなく話すことが段々とできるようになっていった。彼女は、今週のクラスの様子であったり、ほかの先生の話だったりと、学校の情報も私の様子を見ながら少しずつ話してくれていたように思う。

 そんな日がしばらく続いて、確か十月ごろだったろうか、彼女は家に来なくなった。このころの私はこの時間を楽しみにしていたのでひどく心配になった。来なくなって一週間、二週間と過ぎたので、私は母に学校に電話するように頼んだ。電話をかけた後、母は少し会話をして、本題に入る間もなく電話を切った。母曰く、私のクラスの担任は不慮の事故で死んだのだという。私はひどく打ちひしがれた気分になった。もうハヤカワは来ないのだと思うと、胸が苦しくなった。

 その日を境に、私は学校に行ってみることにした。彼女と会話することで私は少しずつ回復していたと思えるようになったからだ。とはいってもやはり教室には生きづらかったので、新しく担任となったセダと相談してしばらくは保健室に行くことになった。

 保健室の先生はというとひどく忙しそうであり、私は部屋に一人でいることが多かった。時々いたとしても、ほかの生徒のけがや病気の対応をしていた。私はカーテンの隙間からそれをただ眺めていた。

 ある日、保健室に先生がいない間に生徒が一人来た。歩き方からしてどうも足を怪我しているように見えた。カーテンからゆっくり全体を覗けば、彼女は靴下を血で汚しながらなんとかやってきたようだった。他の生徒と会話することはこのころまだ恐怖であったが、他に誰もいないので、見よう見まねで処置をやってみることにした。あとで怒られた。

 彼女はどうやら私と同じクラスだったようで、よく話す人だった。カンノというらしい。彼女と話しているとハヤカワを思い出すようになった。そもそも私は会話にやや苦手意識を持っており、これまでに会話した人というのもそこまで多くない。しかも数年家族以外と会話することがなかった私の中で、話がしやすい人は全てハヤカワに似ていると感じるのも無理がないと今となっては思う。

 カンノは保健室に私がいることを知ってから、何度か保健室に来るようになった。さぼりついでにセダにも頼まれたから、と彼女は言っていた。彼女のおかげで、一月の終わりに教室に足を運ぶことができたので、とても感謝している。

 その中で、カンノにハヤカワの話を聞いてみた。ハヤカワが学校でどんな人物であったのかを知りたくなった。どうやら授業の面白さから人気のある先生で、国語の担当だったらしい。そして、七月の頭に交通事故で死亡したそうだった。そこから夏休みまでは学年主任の先生が担任を兼任して、二学期からセダが赴任してきて担任となったらしい。私はどうも記憶と違うので何度確認しても、カンノは確かに七月の頭あたりだと言っていた。臨時の全校集会が開かれたから間違いないとも言っていた。

 では、我が家には誰が来ていたのだろうか。

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