011 速さ

 若かったころ、私は命知らずだった。いろいろと無謀なことをしていた。夜中に心霊スポットに出かけたり、少なくとも一月以上誰も通っていないであろう林道を車で走ってみたり、喧嘩を売ったり買ったりしたこともある。それでも、私はその危険に身を置くことによって自分の生を実感できることに喜びを見出していた。今となってはすっかりやめている。

 やめた理由はいろいろ言えるものの、ここでは家族の存在などを語っても仕方ないと思われるので別の話をしよう。

 私は度胸試しとして、夜の峠をどれだけ速く下ることができるかで遊んでいた。もちろん法定速度や安全速度は無視だった。体に働く遠心力に体幹の筋肉で抗いながら目前に迫るガードレールにぶつからないようにコースをとることに興奮を得て、生を実感していた。当時は知らなかったが、死に近づけば近づくほど生を実感できる場合があるらしく、私はきっとその類なのだろうと思った。

 こんな遊びをしていると、ときどき後ろから車がやってくることがある。法定速度を守る車であれば私の運転する車に追いつけるはずもないので、こういうやつは同類であることが多い。たいていは私の車に追いつくことはないのだが、あの日だけは違った。

 後ろから車が来た。きっと同類だろうと思って気持ちが高ぶり、自然とアクセルを踏む力が強くなった。目まぐるしく変化する目前の景色をハンドルテクニックでいなしながらバックミラーを確認すると、その車は私の車の後ろにいなかった。振り切ったと思った矢先、横を車が通り過ぎて行った。ちらっと一瞥すると、スモークガラスで車内までは見えなかった。私は、これまでにない同類の登場にひどく興奮し、さらにアクセルを踏む力を強めその車に食らいついた。

 どれだけアクセルを踏んでも追い越せない。速度計はとっくに百を上回っていた。私はこのあたりで恐怖を感じ始めていた。洗い越しのあるこの峠道をこの速度で走り抜けようものならスリップは避けられない。一度ガードレールに叩きつけられてからというもの、スリップを何とか避けなければという考えが思考をだんだんと埋めていった。それでも前を走る車は速度を緩める気配もなく、むしろ速度が上昇しているように思えた。私は、恐怖に支配されそうになりながらも、このチキンレースに負けるわけにはいかないというプライドも邪魔して、結局ブレーキを踏めずにいた。

 そのジレンマを抱きながら追っていると、目の前に靄が現れ始めた。雨上がりにはよく見られる光景ではあるのだが、ここ数日晴れていたので、私の頭の中の恐怖がさらに膨れ上がった。それでも前の車はテールランプを揺らして先行している。それでも私はブレーキを踏むわけにいかなかった。

 テールランプを追っているうちに、私は強い衝撃に襲われた。何が起きたのかをしばらく理解できなかったが、靄が段々晴れていくにつれて何が起きたのかを理解できるようになった。目の前には粉々になったフロントガラスとコンクリートで保護された斜面、へしゃげたフロント部分があった。視線をだんだん下に下げていくと、両脚がつぶれているのも見えた。これを見てようやく痛みを理解し、少し慌てながら私は警察に連絡し、謝罪の言葉を連呼し続けた。状況がおかしいことを理解した警察によって救急車を呼ばれ、私は両ひざから下を失いながらも一命をとりとめることができた。物理的に何もできなくなったので、私は死線を歩くのをやめざるを得なかった。

 私が激突する直前であっても、私の目の前ではテールランプが直進していた。ずっと私の目の前を走っていたので「し 4219」という番号も覚えている。夜の峠では変なのに絡まれることがあるから注意してほしい。

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