004 不完全

 世の中には完璧主義というものがあります。物事の出来を完璧にしなければ気が済まない、ある種の潔癖症ともいえるでしょうか、そういう主義です。

 さらにその上に完全主義というのもあるのだと聞いたことがあります。この完全主義とやらは先輩に聞いたので眉唾なのですが、どうやら完璧のその上の完全を目指し、物事の出来をそうなるようにするべきだ、というものだそうです。先輩はそんな完全主義者が集まるサークルらしきものに所属していて、やや完璧主義に傾倒していた私に声をかけたとのことでした。しかし、私は完全という言葉そのものに不完全性を感じていたので──いいえ、私の不完全な反骨精神ゆえにその誘いを断りました。完璧とは孤高でなければならない、私は当時そう思っていました。

 先輩は強く勧めてくることはありませんでした。ただ、私から離れ、そのサークル活動に精を入れるようになりました。完全さを追い求め、課題やゼミなど、すべての活動において全力で取り組み、そして成果を出そうとしていました。

 しかし、人間というものは脆いもので、不完全です。失敗する生き物であり、それを避けることは何人たりともできていません──いえ、何もしなければ失敗すらしませんか。表現の正確性はさておき、先輩は全てに全力を注ぎこみ、疲れ切ってしまったようで、失敗が続くようになってしまいました。

 完全主義に傾倒した先輩がこの状況を許すはずもなく、何事をも完全にするべく、失敗を取り度すべく、全力以上を注ぎ込むようになってしまいました。そして、ついには事故を起こし、入院を余儀なくされてしまいました。

 私は何度か先輩の見舞いに行ったのですが、そのたびに先輩は「あの時完全に目覚めていれば」「完全によけることができたはずだ」というばかりで、自分をずっと責めてばかりいました。

 退院してからすぐに学校に戻ってきましたが、これまでを取り戻そうとあがいた結果、結局思ったような、すなわち完全な結果を得ることができず、先輩はそのうち学校に来なくなってしまいました。

 先輩が学校に来なくなってしばらくして、私は先輩の自宅を訪ねたのですが、以前のように完全を求める熱心さは感じられず、部屋にはごみの日に捨てわすれてしまったであろうごみが積み上げられていました。要するに、汚部屋になり果ててしまったわけです。人間には到底不可能な完全さを求めて、そして先輩は壊れてしまいました。私はそう長くは滞在することができず、予定より大幅に切り上げてその部屋を後にしました。

 その数か月後、先輩はごみの中でごみのように死んでいたそうです。ただ一つ、一般的な孤独死と異なっていたのは、これが病死や事故死ではなく、明らかに自死であった点でした。これまでの精神状態から、先輩は自分が自分の想定よりできないことを嘆き、それによってうつ症状になり自死を図った結果死亡に至ったと結論付けられました。

 しかし私は思うのです。最後に先輩に会ったとき、彼は「人間は不完全な死体として生まれ、やがて完全な死体となる」ということを言っていました。ですから、先輩は完全さを追い求めるのをやめたのではなく、完全になるために死んだんじゃないかって。これが先輩の「完全とは何か」に対する答えなんじゃないかって。今となってはもう確かめるすべもなくなってしまいましたが、きっとそうだと思っています。無責任な完全さだとは思いますがね。

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