003 擬態

 中学のころ、私には気になる人がいた。学年一の可愛い子、ともささやかれていたらしく、事実私もそう思っていた。テストの順位も上位だったし、運動もできた。いつでも笑顔だった彼女が広く好かれるようになるのも理解のできる話だった。

 それに対して私はいわゆる根暗というもので、当時のクラス内でも空気のような存在であったため、話しかけるなど毛頭できそうになかった。しかしながら気になっていたので、どうも何かしら行動を起こさなければという衝動に支配され、下校時には一人で歩く彼女の後を数十メートル後ろから歩くという、今思えばストーカーじみた行為を繰り返していた。彼女はどうやら気づいていないらしく、こうして数日が過ぎた。そう観察していると、どういうわけか彼女は一人で帰ることが多かった。学年の人気者であるはずの彼女が、私のような陰キャと同じように一人で下校しているという親近感に満足を覚えながら、私のいびつな青春は続いていた。

 ある日、彼女のクラスの前を通ると、彼女はクラスメートから下校の同行を乞われていた。歩みを緩め耳をそばだてていると、彼女はそれを断っていた。どうも何かしらやることがあるのだという。期せずして彼女が部活に所属していない理由を知れたことに内心喜んでいた。

 その日の下校時も私の日常ルーティンを敢行していると、この日ばかりは彼女がいつもの道を逸れていった。ついに尾行がばれてしまったかと焦りつつ、それでも彼女の後をつけることにした。いつもは忌々しい私の空気のような存在感を、今回ばかりは望んだのだった。

 彼女は道を逸れて、河川敷の橋の下で歩を止めた。それにつられて私も歩を止めた。斜面で川を眺める振りをして彼女の動向を伺っていた。彼女は何か腕を振ったり足を振ったりして、またそれに伴って耳障りな声も聞こえたりしていた。その声が聞こえなくなったところで彼女はそれまでの動きを止め、靴下を履き替えて、その場を立ち去った。私は、今はその場を通ってはいけない気がして、しばらくは本当に川を眺めることに専念して、太陽が沈みかけたころ、橋の下を通らないようにしてその場を後にした。

 翌日、私はやはり彼女が何をしていたのか気になり、休日としては珍しく外出することにした。翌日ともなれば彼女の目もないだろうと期待してのことだった。私はと言えば自転車をうまく乗りこなすだけの技量がなかったので、徒歩で例の橋の下まで行くことにした。

 昨日の風景を頼りに歩くこと数十分、例の場所に到着した。そこには血痕と、猫のものであろう尻尾が転がっていた。さらに血痕をたどって進むと、川の中でカニやエビなどについばまれ始めている猫の死体があった。そのすぐ近くに丸められた布も落ちていたので、拾って広げてみると、血に汚れた靴下だった。私はそれを拾い、走るようにして家に帰った。

 それからもしばらく尾行のルーティーンを続けていた。その途中でたびたび動物を殺める彼女の姿があった。私は鞄に忍ばせていた靴下をいつ使うか悩んでいるうちに中学を卒業し、彼女とは別の道を歩むこととなってしまった。

 昨年、動物を殺めていたことが周囲にばれ、疎まれてしまった彼女は自殺した。靴下の役目もなくなったので捨てた。心置きなくこうして語れる。

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