第7話 祈り虚しく
私は元来、宗教や神頼みみたいなものは嫌いだったが、聴くだけならと思い、深く頷いた。
「あそこに汚ねぇ祠があるだろ。ホコリだらけの。あそこに今財布に入っている金を全部捧げるんだ。願いが叶うってウワサだよ。ただ、あそこは祈っても誰も幸せにはならねぇらしいがな。」
このオッサンは何を言ってるんだ。傷心し切って酔っ払っているのをいい事に金を巻き上げるつもりか?どうせ私が帰った後この人がネコババするに違いない。顔を歪ませる私をみて彼は言う。
「ネコババなんてしねぇよ。金が欲しかったら素直に言うさ。ただあんちゃんが頼れるのはもう神様ぐらいしかいないのさ。」
言葉も出なかった。科学も発展し、宗教の教養が世界一薄いと言われたこの国において、結局頼れるのは神だけだと。とんでもない皮肉だ。
もうどうにでもなってしまえと半ばヤケになって同僚とハシゴする予定で使うはずだった二万程の有金をその祠に置いた。すると彼は言う。
「…後悔、しねぇな?」
「しませんよ。」
「金の話じゃねぇよ。まぁいい。果報は寝て待てってやつだ。帰りな。」
明くる日の朝。出勤の日ではなかったが、気になってあの公園へ行ってみる私。祠に目をやると昨日の金は綺麗サッパリ無くなっていた。そしてあのホームレスも居ない。
「やっぱりじゃねぇかよ。偉そうに。」
その日は同僚と一緒によく飲み歩いた飲み街を散歩しながら、彼との思い出に浸っていた。この街並みは比較的治安は保たれている方だが、まだ昼なのにスーツ姿で飲んでいるサラリーマンが目に入ってきた。
「終わってる…仕事しろよ。」
こんなサボりがどこかにシワ寄せとなって他の誰かの仕事を増やすのだ。嫌なものを見てしまった。外に出てもロクな事がない。
折角の休みだったが、帰って寝る事にした。
次の日、同僚が居なくなって初めての勤務。すると早々に例の上司の昇進が決定したという。歯痒さを我慢しながら
「おめでとうございます。」
「おう!前回の営業のお陰で出世できたよ。
君の同僚には悪いが私が勉強熱心だっただけだからな!君にも是非出世してもらいたいね。待っているよ。」
はらわたが煮えくり返っていた。どの口がほざいてやがる。これは全ての事情を知っている私に対しての口封じのつもりだろう。
「余計な事を言わなければ君も出世できる」
と言われている様なもんだ。
本当に拳が出そうになった。
そしてその日以降、私はこれまで以上に抜け殻の様に働く様になった。あんな奴が出世していくなんて間違っている。最初はそう思っていたが、段々とヤツの事を考えることすらやめてしまった。
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