第6話 神頼み

無意識に歩くうちにそんな所にいたのだ。


目の前に立っているのはいつかの朝に見かけたホームレスだった。


装いはたしかに綺麗とは言えないが、それより気になったのは彼の顔である。歳の頃はおそらく50代くらい。凛々しい顔立ちに無精髭、そして真っ直ぐにこちらを見るキリッとした眼。私は唖然とした。


遠巻きに見ていた時の彼はホームレスにしか見えなかったが、こうして相対していると無精髭とは言え明らかに定期的に手入れしているのが分かる。



「聞いてんのかい。あんちゃん。こんな所で泣かれちゃおちおち寝ることもできねぇや。」


私はハッとした。涙を拭い、「すみません。帰ります。お邪魔しました。」と足速に去ろうとした。


「質問の答えになってねぇよ。なんかあったんだろ。話くらいなら聴くよ。」


誰でもいいから助けて欲しかったのは確かにそうだった。藁にもすがる思いでその男に事の顛末を話した。


終始耳を傾けてくれ、何も言わずに最後まで聴いてくれた。無関係の彼にそんな話をしても無意味なのは分かっていたが、それよりも彼は聞き上手だった。余計な横槍は入れず、ただひたむきに私の話を聞いた。そして口を開いた。

「その同僚の恨み、あんちゃんが晴らすのかい?」

確かにあの時、返事はしなかったが他でもない私の数少ない友人の頼みだったし、これは私の恨みでもあった。


「一応そのつもりです。彼の想いも、私自身の想いも無下には出来ません。」



「そうかい。ただ厳しい事を言うが、あんちゃんには出来ねぇぞ。」



私は少しカチンと来て返す刀で言う前に二の句を告げられた。



「大体、恨みを晴らすって、あんちゃんがどうやるんだ。まさか殺人を犯すわけでもあるめぇ。 あと、君は根が優し過ぎる。報復なんて出来るガラでもないだろ。どうだ?」


ぐぅの根も出なかった。ただ「優しすぎる」なんて言い換えでしか無い。根性と覚悟がないただの臆病者なのだ。


「ただ、黙って生きていくにゃちょいと辛いモンがあるな。あんちゃん。これは神頼みみてぇなもんだ。信じるかどうかはあんちゃん次第だが…聴くか?」

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