第七章 開戦④


(……戦意が衰えていない。まだ何か秘策があるのか?)


 自分にとって圧倒的に不利なステージにも関わらず、セロスを苛烈な攻めで圧倒しながらも龍也は内心で訝しんでいた。


 すでに龍也は複数回、セロスに対して致命傷クラスの攻撃を叩き込んでいる。この結界さえなければとっくに彼は消滅しているはずだ。


 横目でちらりとフィリアの状況を伺う。ゲートからのルービックの増援は未だ止まっていない。フィリアはルービックの数こそそこまで減らせていないものの、自身が大きなダメージを負うことなく、結界の外に避難している住民たちを狙おうとするルービック達を食い止めることには成功していた。


(このセロスとかいう天使がやってるように、あいつもこの結界内に溜まってる聖気を有効利用できてるはずだ。なら、もうしばらくは放っておいても大丈夫そうだな)


 セロスに対しては威嚇の意味も込めて大口を叩いたものの、実際問題、この戦いにおける結界の存在は当初の予想以上に大きなものだった。


(結界内の聖気を使って回復できるってことは、一撃で仕留めない限りこいつを倒すことはできないってことだ。さっきから核を狙った攻撃以外への防御がお粗末なところを見るに、こいつもそれは分かってるはず)


 それに加えて、デモニアである龍也にだけ発生する悪影響。セロスやフィリアが大気中の聖気を利用して普段より強力な術式を乱発できる一方、龍也の扱う魔力は彼のコントロールから外れた瞬間に大気中の聖気に中和され、加速度的に威力が減衰していってしまう。つまり、炎弾などの魔力を用いた遠距離攻撃がこの結界内ではほぼほぼ無効化されているのだ。


大気中の濃すぎる聖気から身を守るために常に身体保護に魔力を割かなければいけないことに加え、これらのハンデを背負いながらも能天使と一対一で互角以上にやりあうなど、国防の中心を担うAランクのデモニアでさえ再現が困難なほどの偉業だが、龍也の顔に余裕の色は無い。


(最適解は奴の核を一撃で破壊することだが、それに対して最大限の注意を払っているあいつの不意を突くことは難しい。……結界が解けるか、奴とフィリアが大気中の聖気を使い尽くすまで粘るのはどうだ?……いや、結界内にゲートが開いていてそこからも聖気が流れ込んできている以上、それは厳しいか)


 考え込んでいるうちに、戦況に変化が生まれた。


 ルービックの約半数、フィリアの攻撃を躱しながら結界外の一般人を狙っていた方の群れが、突如軌道を変えセロスと龍也の中間地点に殺到し、瞬く間に彼の周囲を円状に囲みこんだのだ。


「──囮、いや、時間稼ぎか!」


 一瞬でセロスの狙いを看破した龍也。


しかし、普段ならルービック如き、何体集まろうと炎弾で一網打尽にできるのだが、飛び道具を封じられている今、いつもの手段は使えない。ちらりとフィリアの方を見やるが、彼女は自らに襲いかかるルービック達と戦闘を繰り広げており、すぐにはこちらの救援には来られなさそうだ。


 ルービックの壁の向こうで、セロスが瞼を閉じ集中した様子で何かの術式の詠唱をしているのが垣間見えた。


(何をするつもりかは分からねえが、モタモタしてるとやばそうだな)


 周囲の聖気をどんどんと吸収していくセロスの様子から、大技の気配を感知した龍也が表情を引き締める。


(壁になってるルービックどもはざっと数えても百体はいる。一体一体斬り伏せてる時間はねえ。……なら)


「────こうだ!」


 龍也は猛烈な速度でルービックの群れに突っ込み、その中の一体に右の小太刀を突き刺した。


「ハアァ────!!」


 小太刀を通して、ルービックの体内に大量の魔力を流し込んでいく。

 体を刺し貫かれたルービックから溢れ出した魔力は、隣接していた他のルービック達にも伝播していく。


 ……ビシ。……バキ。


 ルービックでできた壁のあちこちから破砕音が響き始めた。


「────フッ!」


 とどめとばかりに押し込まれた大質量の魔力に耐えきれず、内側から膨張したルービックが紅蓮の炎を撒き散らしながら弾け飛ぶ。そして、伝播してきた魔力によってダメージを負い脆くなっていた周囲のルービック達も、爆発の余波に巻き込まれバラバラに砕け散っていく。


 無理やりこじ開けた二メートルほどの縦穴から内部に飛び込んだ龍也が、中心で詠唱を続けていたセロスに斬りかかる。


(もらった────っ!)


 セロスが術式の詠唱を終わらせるよりも、龍也の小太刀が彼の胸の核を貫く方が早い。そのはずだった。


 小太刀の先端がセロスの胸に潜る直前、彼の口元が僅かに歪む。


「────ッ!?」


 本能的に危険を感じた龍也が、攻撃を中止して背後を振り返るが間に合わない。


 ──視界に飛び込んできたのは、迫り来る巨大な黒い影。


 大口を開けた影に飲み込まれた瞬間、龍也の意識はブツリと途切れた。

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