第七章 開戦③


(────馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!)


 龍也の猛攻をギリギリのところで凌ぎながら、セロスは激しく歯噛みする。


(こいつ、この結界内で何故ここまで動ける!?この聖気濃度、戦うどころか呼吸をすることさえ魔力を消費しなければまともに行えないはずだ!並みのデモニアならとっくに魔力が空になって動けなくなっている頃合いだぞ!?)


 迫り来る龍也の小太刀と、セロスが何とか生成を間に合わせた魔術障壁が衝突し、激しく火花を散らす。

 セロスはあえて魔術障壁を自壊させ、その衝撃波を利用し龍也と無理やり距離を取った。


「──俺がこの結界の中で動けてることがそんなに不思議か?」


 彼の焦りを見抜いたのか、住宅の屋根に着地した龍也が下から彼を睨み上げながら言う。


「……貴様の過去の戦闘データにはいくつか目を通している。それらから推察される能力値を基準にこの結界の術式を組んだ。だというのに、何故今貴様は動けている?」


「過去の戦闘データってのがいつのやつかは知らねえが、前の俺より今の俺の方が強いっていうなら、考えられる理由はそんな多くねえだろ。何だ、そんな簡単なことも分からないほどパニクってるのか?」


 焦りによって加熱されていた思考が、一呼吸置いたことでようやく冷却されていく。


「……成長、いや、まさか。貴様、今の今まで本来の実力を隠していたのか……!?」


 龍也はつまらなさそうに息を吐き、


「実力を隠すなんて大層なもんじゃねえよ。単純に、全力を出す機会と必要が無かっただけだ。自分の出せる力が百あったとしても、五十の力で倒せる敵しか来ないなら、精々六十も出せば事足りる。わざわざ体に負担をかけてまで相手に手の内を見せる必要なんてねーだろ」


 龍也の弁はセロスにとって疑問が解消するどころか、余計に混乱を招くものだった。


「い、いや、そんなはずはない!そもそも、この結界内の聖気濃度でそこまでの動きを可能にするほどの魔力に、人間の肉体が耐えられるわけがないのだ!どれだけ強力な悪魔と契約していようと、人間に耐えられる魔力量には限界がある。貴様、一体どんな小細工を──!?」


「別に、そういう体質ってだけだ。うちは代々近接戦闘に特化した異能者を輩出する家系らしくてな。まあ、異能力なんて言っても、ただ自前で魔力を精製して身体強化できるってだけの代物だけど、重要なのはそこじゃない。……一般人の数十倍の魔力適性を持つ異能力者、そいつがデモニアとしての適性も持っていたとしたら、どうなると思う?」


「…………ま、まさか」


 ありえない話でない。神秘の薄れた現代では数を減らし、代々受け継いできた異能の力も弱まっているとはいえ、常人よりもはるかに高い魔力適性を持つ異能力者が未だ現存しているということは、セロスも知識としては持っていた。しかし、その者たちが悪魔と契約した際にどのような連鎖反応が起きるかなど──。


「ま、そういうことだ。……これに関しては俺が自力で手に入れたもんじゃないから、自慢するのもアレだが。何だっけ、『これは決闘ではなく戦争だ。勝利のためならあらゆる手段が正当化される』だったか?ああ、お前の言う通りだよ。借り物の力だろうが、たまたま先祖から流れてきた力だろうが、お前らみたいな、俺から大事なものを奪おうとする連中を叩き潰せるなら何でもいい。守り通せれば、それが全てだ」


「────」


 言葉を失ったセロスの頬を冷や汗が伝う。


 自分はとんでもない怪物の尾を踏んでしまったのかもしれない。だが、もう引き返すことはできない。

 尻尾を巻いて逃げ帰ったとしても、彼に待っているのは臆病者としての汚名と、命令に背いたことに対する罰。下手をすれば粛清と称した人格のリセットを喰らう危険性すら有る。


(……落ち着け。奴が人間の枠をはみ出した化け物だったとしても、まだ勝機は残っている。あの術式で奴を追い込めさえすれば……)


「最後通牒だ。フィリアのことを諦めてこの街から手を引くなら、この場は見逃してやる」


「……ほざけ。我が名はセロス=ザキエル!能天使にして、嵐を司る者。我らが主の名の下に、汚らわしき人間どもに裁きの鉄槌を下す者なり!」


 恐れを振り払い声高く名乗りを上げたセロスを、龍也は感情を全て切り捨てた無機質な瞳で見つめる。


「──そうか。なら死ね」

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