第六章 決戦前夜③
降りしきる冷たい雨の中、普段なら家々からこぼれてくるはずの光が消え闇に包まれた住宅街の中を、龍也とアリサの二人は黙って歩いていく。
目指す先は結界の外、街のはずれに設置された臨時の避難所。
龍厳の屋敷に置いてきてしまった真唯には電話で事情を伝え、先に避難所に向かってもらっている。
アリサと真唯、姉妹二人分の荷物の入ったキャリーケースを持った龍也は、そっと隣を歩くアリサの様子を窺う。
表情の読み取れぬ顔で何事かを思案していたアリサがふと顔を上げると、こちらを盗み見ていた龍也と視線がぶつかった。
──いつからだろうか。お互いの顔を見つめ合うという行為に気恥ずかしさを覚えるようになったのは。
すぐにそらされた二人の視線。
気まずい空気を振り払うかのように咳払いをしたアリサが、おずおずといった様子で龍也に話しかける。
「あの、リュー君。一つ聞いてもいい?」
「あ、ああ。何だ?」
「……もし私に、リュー君みたいに天使と戦える力があったとしたら、リュー君は私と一緒に戦ってくれる?」
何故アリサが急にそんな質問をしたのかは分からなかったが、彼女の真剣な表情を見て、これは真面目に答えるべき問いだと判断した龍也はしばし考え込む。
「……そうだな。もしお前に戦う力があって、お前が戦うことを望んでいたとしたら、多分止めはしない。でも──」
「……でも?」
「でも、俺個人としては、やっぱりお前には戦ってほしくないって考えると思う。まあ実際には、使える戦力を使わないなんていう我儘がまかり通ることなんてほとんどないんだろうけどな」
「…………そっか」
どこか寂しそうに呟いたアリサの様子に、龍也は二の句を継げずに黙り込む。
もしかしたら今の問答のどこかで彼女の気分を害してしまったのかもしれないが、龍也にはそれがどこなのかとんと見当がつかなかった。
再び沈黙が訪れてから数分後、龍也の足がピタリと止まる。
「リュー君、どうしたの?」
数歩先で振り返ったアリサの問いに答えず、龍也はゆっくりと片手を正面にかざした。
バチッという激しい音とともに、龍也の腕が虚空に弾かれる。
「リュ、リュー君大丈夫!?」
「……ああ。どうやら俺はここまでみたいだ」
「……ここに結界があるの?」
すぐに事情を察したアリサに、龍也は頷く。
「……そっか。私には何にも見えないや。結界ってどんな感じなの?」
「見た目は半透明な分厚いゴムみたいな感じだ。体感的には直接触れる前に静電気で弾かれてる感じ」
思いっきりぶん殴れば壊せるのではないかという考えで様子を見にきてみたが、どうやら物理的な耐久が高いのではなく、そもそも対象者には触らせないという仕組みで結界としての機能を発揮しているらしい。
「やっぱり、時間経過で解けるのを待つしかなさそうだな」
そう呟いた龍也に、アリサが声をかけた。
「…………じゃあ、一回ここでお別れだね」
「……ああ。心配するな。お前が避難してるところには、ルービック一匹だって通しはしねえよ」
龍也が二人分のカバンを渡そうと腕を突き出すと、アリサは不満げに唇を尖らせて言った。
「リュー君。腕を横に広げて」
「……ん。こうか?」
言われるがままに鞄を持ったまま腕を広げた龍也に、体当たりのような勢いでアリサが正面から抱きついた。
「ちょ、おい、アリサ──」
なんとか踏ん張ることに成功した龍也の文句は、抱きついてきた彼女の体がかすかに震えていることに気付くと同時に霧散する。
「……絶対、無事に帰ってきて」
いつも以上に不安げでか細い囁き声を、龍也は耳に刻み付けた。
「……あぁ。約束する」
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