第1話 彩る世界に舌鼓み

果てしなく巡る季節は衰退を知らない。

しかし、どこかでなにかは崩れ、葬られ行く末路は留まってはくれない。

選ぶ道がひとつでも違っていたら、実を結ぶものもあるのだろう。

それに相反し、失う可能性がひとつでもないのかと聞かれるとどのような刹那にも可能性は捨てる日が来る。

色褪せない記憶がないのと同じで、変化の訪れない時間などないのだ。

ただ、その場所は違った。

変化の訪れる時間が無く、色褪せる記憶すらなく、時が停まったかのようにそこにいてしまった。

いていいはずがないと、分かっていたのに。

それでも、彼女が許してしまったから。

変えれることもない彼女に求めるものはただひとつだけ。

利害の一致を求める。

彼女が望むことと違いはあったけれど必要ではあった。

だから、もう、ここが居場所。

狭間の旧校舎に不自由であれども心の自由が許された居場所に到るまでのこの一時が伝えるべきキロクなのだと思うのだ。



---------------------キリトリ--------------------




昨日は生憎の雨模様だった。

ようやく蕾が膨らんでいたというのに、桜の花は今年もいち早く散り落ちた。

そんな一年の春を迎えるのもいつもどおりだ。

そういった何ら変わらない朝を迎えた僕は部屋のカーテンを開けることも無く締め切ったまま、顔を洗いに脱衣場へ行って歯を磨く。

その工程を済ませてようやく寝ぼけて靄の掛かった頭が透き通るように冴えていく。

完全に目が覚めた僕は、当たり前にエプロンを着てキッチンにたった。

まるで、春夏秋冬と必ず四季が巡るように、ルーティーンとして学校に持っていく弁当は朝から調理へと身を向けるのだ。


料理は嫌いじゃない。


日によりメニューを考え、彩りを良くし、自分好みの味付けにする。

味付けやだしに何を使うかで大きく左右される料理は男子高校生であっても続けられる面白さがあった。

タコの形になるように簡単に切れ込みを入れてフライパンで火を通すソーセージ。ベーコンに茹でたアスパラを巻いて甘辛く炒める。定番の卵焼きは砂糖醤油で味をつけたものが好きだった。白米は無農薬の干乾しのものを土鍋で炊くのが好きだけど今日は玄米を炊いて、それをバターを溶かしたフライパンに溶き卵と一緒にチャーハンに仕上げた。

彩りとして、ミニトマトをトッピングして、湯掻いたブロッコリーで緑色を加える。

数ある弁当箱の中から、今日はそれらをまげわっぱの弁当箱に詰めた。

エプロンをハンガーラックにかけ、制服に着替える。

前日に教科書等を準備済みの学生鞄に風呂敷に包んだ弁当と一緒に鞄へと詰め込み、時計を見ると、いつもと変わらない登校時間だ。


スニーカーの靴紐を結んだらもう一度靴棚の隣の姿見に映る自分の身だしなみを整え、扉を開ける。


いってきますも、いってらっしゃいも言わない。

きっと、誰でも口にする言葉でも、言う日ではない。

無言を通して、家の鍵をポケットに入れて、いつもと同じ通学路につこうとした。


日差しは強い訳でもないが、空気がやけにベタついている

代わり映えのない通学路の道中の公園に、珍しく野良猫が喉を鳴らしながら日向ぼっこしている。


昨晩の大雨で泥だらけの水たまりが出来ている公園には花をつけれない桜並木の別れた枝木がそよそよと風になびく。

晴れた空模様でも公園はもう光に照らされない。


今日も平穏な一日になるだろう。


そう願って公園を通り抜ける。

通り抜ける時に横目で見えた人型の影に、子供の声に、そしてひとりでにブランコが揺れている。

誰かに見られてるような感覚も影に、闇に、朝の光が垣間見えても消え薄れることは無かった。

それすらも、当たり前と化していた。


学校に近づくと、見知った人影に肩を叩かれる。

相手の顔は振り返らなくてもわかる。

少なくとも早朝のこの通学路に登校するのは朝練習があるサッカー部の部員の中でもお調子者の彼しかいないだろう。

「鹿島、どうしたの。」

鹿島最中。サッカー部の新人部員にして早くもベンチ入りしていてサッカー部の六連星とまで言われた元エース。初の試合から強豪校相手にほとんど一人で点をとっていたけれどある試合で突然試合を拒否したある意味恨まれ者。

練習にはこまめに顔をだしてマネージャーの手伝いをしに行くらしいということぐらいは僕でも知る情報だ。

「お前さ、旧校舎の管理人ってわかる?」

「知らないの鹿島くらいじゃない?」

鹿島は友達が多い。だからか、当人の知らない噂や話を知っている。いわゆる情報通なのだろう。

「俺でも知らないことに驚け。今じゃあ俺も新聞部のエースでもあるんだぜ」

「サッカーはどうしたの?」

「質問で返すなよ。まぁ、サッカーは一緒にやってたゴールキーパーの奴が急に辞めたからさ。アイツが辞めた理由をアイツから聞かない限り試合に出ないつもり」

「ソレ、ほかの部員にめちゃくちゃ迷惑かけてるんじゃないの。新聞書く余裕ないんじゃないかな」

「どっちにしろ、俺は今赤点補習で試合に出れないし新聞部入部は先生からの頼みなんだよ」

「色々初耳だけど、この前の赤点補習でも補習受けてたよね。なんの教科で間違えたの?」

「漢字」

「教科じゃないんだ」

鹿島は道端に転がる小石を蹴って転がすと、数歩前に出てボイスレコーダーのようなものを胸ポケットから取り出した。

「なに?どうしたいのさ」

「いや、だから新聞部っていわゆる記者でしょ?だったらボイスレコーダーあるとテンションあがるからバイトした」

「参考書を優先的に考えるべきだよ」

「俺のことばっかはいいの!お前、旧校舎によく行ってるだろ?その話聞かせてくれよ!!」

「そもそもなんで旧校舎なんだかねぇ……。まぁ、もなっちゃん。ボクの方が彼と約束してるんだぜ?なぁ、先輩!」

見えてきた校門に登ってプロテインバーを齧りつつ見下ろす背の低い影が鹿島の邪魔をした。

彼女、東寺稲穂は保健室にいることの多い生徒で彼女こそが旧校舎の鍵を貸してくれる生徒だ。僕が言えた話ではないけれど、先生ではない彼女がなぜ鍵を管理してい理由を聞いたことはあっても、答えてもらったことは一度もない。

「あっ!! 東寺!先輩でだけの話があんだよ!!しかもお前は部活はいってないんだからこんなこっぱやい時間に登校とか真面目かよ!」

「いや?ボク部活入ってるし忙しいの!もなっちゃんこそ、先輩後輩と年功序列を使うなら後輩を優先してくれませんかねぇ!ねー!せーんぱい!」

「そう言って、昨日も一昨日もと、またまた毎回じゃんかよー?どちらにせよ、俺は部室にも行かないと行けねーから後で話聞きに来るからな!じゃ、教室にしっかり来いよな!またサボったらはぐらかすの俺の役割になってんだからさ」

「鹿島、いつもごめんね。ありがとう」

「もなっちゃん、ありがとねー!」

狙い通りに進んだと満面に笑顔を咲かす稲穂は僕に向き合う。

赤毛の混じった太い1本の3つ編みを後ろに揺らして塀からふわりと降りるとにっこり微笑んだ。

「じゃ!先輩、行こっか!てか、いってらっしゃーい!!今日はボクも本当に忙しくてね、委員会活動もあるから!」

稲穂が忙しいのはどうやら事実のようで三つの鍵が束ねられた鍵束を渡される。

稲穂は軽やかなステップを踏んで本校舎へと消えてゆく。


---------------------キリトリ--------------------


この当たり前と感じていた朝のやり取りが、日常を非日常に変貌させるひとつの時間だった。

どうしてこうなるのか。

理由を問うなら、選択をしなかったからだろう。

欲を言わず、己を通さず、流されるままに。

欲を言ったところでなにか得るものはあるのか。

己を通して得られるものは必要なのか。

緩やかに流されるのが糾弾されるほどの愚行に繋がるのか。

失うものが多くなる現状が広がるのも変えれるはずもお互い存在しないのだ。

では何が残るのか、それは単純。

現実というのは結果としてあとからついてくる。

あとからついてくるそれは過去とも呼べるだろう。

変えれるはずもないのなら、過去になる時間を過ごす今がどうあるべきか考えるべき事柄だ。

気づく時には過去になるのだから、残せる未来があるうちは、何か形を遺すことを彼らはするべきだった。

自分たちの過去に向き合っても、結果論は変わらないのだから。

終着点をかえれることは無い。

結果を塗り替えても、決め定められている情報までを塗り替えるには結果だけでは足りない。

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