第11話  さすれば道は開かれん

 1



「どうした、未夜」


 未夜はメモと地図を交互に見比べながら、うーん、と唸る。


 そして、


「あっ……そっか」


「なんだよ」


「朝華、眞昼、ここにはお宝はないよ」


 いきなりそんなことを言い出した。


「おい、未夜。どういうことだ?」


「お宝の隠し場所が分かったんだよ」


「何!?」


 未夜はにやりと笑う。


「ここがそうじゃないのか? 三って数字がいくつも仕込まれてるこの『三園平』が、お宝の隠し場所だろ」


「でも、どこに隠してあるかまでは分かってないよね」


「ぐっ」


 たしかに、『三園平』を隠し場所だと推理したのは、五つの地の中で唯一この場所が数字が地名に入っており、そして3の場所が『園平』という符号に特別な何かを感じ取ったからに過ぎない。


 線路の謎も、ゴールの源道寺駅が番目の駅ということで、ここにもが含まれていることに意味を見出していた。


 このことに気づいた時はひらめきかと思ったが、今になって冷静に考えると単なるこじつけに過ぎないのかもしれない。


「未夜、お前、まさか謎を解いたのか?」


 俺ですら頭を抱えているこの謎を、一人で解き明かしたというのか。


 昨日のアイス事件の推理といい、こいつはいつもはお調子者でポンコツで泣き虫なくせに、妙なところで子供らしからぬ鋭いひらめきを持っている。


 まるで神や運命がこの幼い少女の背中を後押し、あそこがヒントだよ、とこっそり囁いてあげているかのように。


「未夜、どこにあるんだ?」

「どこなの?」


 眞昼と朝華が戻ってきた。


「全員揃ったね」


 未夜は得意げにメモと地図を全員に見せる。


「みんな、お宝の隠し場所はここじゃないよ」


「謎が解けたのか?」と眞昼。


「うん、見て」


 言って、未夜は地図上の線路を指で示す。彼女の小さな人差し指はSの地点、沼久保駅にあった。


「ここをスタートすると、この☆が一つ目――」


 未夜は西富士宮駅を表す☆に指を移動させる。


「二つ目が二個目の☆」


 次に富士宮駅を表す☆へ。そして最後のゴール、三つ目の駅源道寺駅を表すGまで指を動かすと、未夜はこちらを見て「ほらね」と言った。


「何が、ほらね、だ」


「ゴールはこの源道寺駅。朝華の苗字と同じ駅。そんで、そこはこのSからスタートして、一、二、三番目の駅なんだ」


「それがどうした?」


 その三番目の三という符号に導かれて、俺たちはこの『三園平』にまでやってきたのだ。


「大事なのは、、ってこと」


「ん、じゃあ、朝華の家に宝が隠してあるのか?」


 眞昼が驚いた表情を見せる。


「そうなの? 未夜ちゃん」


「そう、お宝は源道寺家にあるんだよ」


 未夜は言い切った。


「はんっ」


 俺は腕を組み、小馬鹿にするように鼻を鳴らす。もしその推理が正しいのであれば、最初の『五つの地を巡り~』の行為が全く意味を持たないではないか。


 その五つの地点を巡る冒険をしたからこそ、『三園平』が3の地であることが分かったのだから。


 そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、未夜はメモを開いた。


「これを見て」


 メモ帳の地名が記されたページだ。俺たちクソガキぼうけんたいが半日をかけて集めた五つの地名が並んでいる。


 1の場所『宮原』。


 2の場所『元城町』。


 3の場所『三園平』。


 4の場所『阿幸地町』。


 5の場所『根原』。


「えー、まずはこれを全部ひらがなにします」


 そして未夜は先ほど俺が読み方をひらがなで書いた箇所を示した。


 みやはら。


 もとしろちょう。


 みそのだいら。


 あこうじちょう。


 ねばら。


「あー、おほん、みなさん、これを見て何か気づくことは……?」


「え? なんだ?」

「なになに?」


 眞昼と朝華はメモ帳をじっと見つめる。


「ヒントはこの地図です」


 もう片方の地図をひらひらさせる未夜。


 その時、俺は気づいた。


「――!」


 そうか、そういうことか。


 ぱっと暗闇に明かりが差し込むような、鮮烈なひらめきだった。


「もう一度言うよ。駅。そしてそれはスタートからの駅。つまりね、この集めた場所の名前の三番目の文字を見るんだよ」


 みやら。


 もとろちょう。


 みそだいら。


 あこじちょう。


 ねば


「は、し、の、う、ら……橋の裏?」


 眞昼が声を張る。


「そう、そしてゴールとなる場所は源道寺。つまり朝華の家だ」


「ある、あるよ。うちの庭の池に橋があるよ」

 

 朝華は興奮を隠せない様子だ。


「そう、お宝が隠してある場所は源道寺家の橋の裏なんだよ」



 2



 俺たちは源道寺家へ急いだ。


 源道寺家へ着くなり、クソガキたちは屋敷を迂回して中庭へ向かった。するとそこに、


「あっ、お父さん」


 朝華の父親、源道寺華吉はなよしがいた。庭職人のようなつなぎを着ており、足元は長靴だ。花の水やりでもしたのか、長靴は濡れていた。


「どうしたみんなお揃いで、ああ、勇くんも」


「大変だおじさん、この家にはお宝が隠されてるんだ」


 眞昼が言うと、華吉はぎょっとした表情を作った。


「も、もう……ああ、そうなのかい? で、それはどこに?」


「橋の裏だよ」


 クソガキたちは池を目指して駆けていく。


 広い中庭である。芝生が敷き詰められ、まるで緑色の絨毯のようだ。


 奥は林が鬱蒼と茂り、そのまま山の斜面に繋がっている。問題の池は庭の中心にあった。

 直径五メートルほどの池には赤く塗られた木製の橋が架かっていた。水面は清らかで、そこが透けて見える。


 俺は岸辺に立ち、静かな水面のきらめきを眺めていた。


 まさか、本当にここが隠し場所なのか。


 ポケットに手を入れ、万が一の時のために持ってきた金貨を握り込む。


 クソガキたちは橋のちょうど真ん中辺りで腰をかがめた。そして身を乗り出し、橋の裏側を覗き込む。


「あっ、なんかある」


 未夜が叫ぶ。


「え? あるのか?」


「くっ、届かない」


 眞昼は手を伸ばすが子供のサイズでは到底届かない位置にあるようだ。


「勇にぃ、取ってきてください」


「取ってきてくださいって、どうやって?」


「池に入れ」


 眞昼が言う。


「ざけんな」


「そうしないと取れないです」


 朝華が懇願する。


「お宝は目の前だよ」


 未夜が橋の上で飛び跳ねる。


「勇にぃは部下なんだから、隊長の言うことをきかないと」


「しょうがねぇな」


 どのみちお宝を手に入れる場面になったら、俺がこの金貨をお宝の代わりとして発見する手筈だったんだ。場所は予想外だったが、ここまで来たら確認しないわけにはいかないだろう。


 俺はズボンの裾をまくり、靴下を脱いで池に足を入れた。


「冷たっ」


 もう秋なのだから外で水に触れれば冷たいに決まってる。


 俺はゆっくりと歩き、橋の前まで来た。そのまま腰をかがめて裏を覗く。するとそこには、


「え?」


 おいおい、マジかよ。


 長方形の木箱のようなものが、橋の裏に張り付けられていたのだ。フックのようなものが橋の裏側に打ち込まれており、そこに通した縄で木箱が固定されている。


 未夜の推理がビンゴだったとは。


 いやいや落ち着け。


 あの地図はずっと昔に使われたもので例えお宝の隠し場所が分かったとしても、中はもう空っぽ、残っていないはずなんだ。だからこの箱の中には何も入っていない。そしてそんな事態になれば朝華の立場が……


「勇にぃ、その箱が宝箱か?」


 逆さまになった眞昼の顔と目が合う。


「あ、ああ。みたいだな」


「早く取って」


「分かったって」


 俺は慎重に縄をほどき、その木箱を取り外した。池に落とさないように抱え込むと、ゆっくり後退して橋の下から出る。


「よし、パス」


 未夜が両手を伸ばす。


「ま、まあ待て」


 こいつらが箱を開ける前に、俺が金貨を中に入れないといけない――


「もーらい」


「あっ」


 眞昼が横からぱっと現れ、木箱を取り上げてしまった。


「おい待てって」


「へっへーん」


 眞昼は未夜と朝華のところに走って向かう。


「まだ開けるな――ああ」


 時すでに遅し、未夜が木箱の蓋を取ってしまった。


「おお」

「おお」

「おお」


 三人の歓声が響いた。


「へ?」


「眞昼ちゃんの予想通りだ」


「すごい、かっこいい」


「本当に封印されてたんだ」


 こいつら、何を言ってるんだ? 何をそんなに騒いで――そして次の瞬間、俺は信じられないものを見た。


 眞昼が箱に手を突っ込み、棒状の何かを取り出した。


 くすんだ黒地に桜の花が描かれた鞘、そして桜の花を模したと思われる金色の鍔、そして臙脂色の紐で巻かれた柄。


 日本刀だ。


「かっこいい」

「すごーい」


 未夜と朝華が爛々と目を輝かせ、眞昼はその重さに体をよろめかせる。


「おっとっと。重いぞこれ」


「嘘だろ……」


「いやぁ、すごい物を発見したねぇ」


 華吉が後ろから現れた。


「は、華吉さん、あれ……華吉さんが?」


 華吉の足元が濡れているのは、あれを橋の下に隠したからだと今気づいた。


「はっはっは。なんのことかな」


「しらばっくれて、朝華が地図を持ち出したのに気づいて、俺たちが来る前に宝を隠したんでしょ」


 源道寺家に隠してあったあの地図のことを、おそらく華吉は知っているはず。というより、彼こそがあの地図で宝探しをした当の本人なのではなかろうか。


 朝華がその地図を発見し、家から持ち出したことを知った華吉は、娘のために正解となる隠し場所――橋の裏に宝を用意したのだ。


「ふっふっふ。そういうのは言わないのが粋だぞ。勇くん」


「ちなみにあれ、本物っすか?」


「うむ。源道寺家の家宝でな、あの富士山の祭神コノハナサクヤヒメの名を取って『佐久夜さくや』と名付けられている。正真正銘の真剣だよ」


「おい、お前ら危ねーぞ」


 俺は眞昼から刀を取り上げる。


「あっ、何すんだ。独り占めする気か?」


「勇にぃ、それは私たちのお宝です」


「見つけたのは俺だろ。っていうか、これは本物の刀だから危ないんだって」


「謎を解いたのは私だもん」


 刀を取り返そうと俺を取り囲むクソガキたち。


 俺は刀を奪われないように高く上げる。


「華吉さん、早くこれをしまってくれって」


「はっはっは」


 こうして、俺たちの冒険は幕を閉じた。






 

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