第9話  五つの地

 1



 


 地鳴りのような音を轟かせながら、国道139号線を北へ進むR34。未夜は助手席に座り、後部座席に俺と眞昼が肩を並べている。そして朝華は俺の膝の上に。


えー」


 高速で流れていく車窓の風景。景色の移り変わりを楽しむ余裕もなく、轟音を振りまきながら目的地へ一直線だ。


「にしても、宝探しゲームか。昔を思い出すな、勇」


 太一がぽつりと言う。


「え? 何が?」


「お前が小っちゃい頃、よく俺の車の鍵を隠して宝探しだ、とか言って遊んでただろ」


「は、はぁ?」


「どこに隠したか分かるように、地図みたいなのを作ってよ。これがまた下手くそでな」


「勇にぃ、そんなことしてたのか」

「お子ちゃまですね」


 眞昼と朝華の失笑が俺の羞恥心を刺激する。


「ぐっ」


「しまいにはこいつが隠した場所を忘れるっていう始末でな」


「たっちゃん、そこまでにしろォ!」


「はっはっは」


 俺ですら忘れていたようなことを憶えているなんて、大人め……


「ねぇねぇ、ほかにはどんなのがあるの?」


「他か? そうだな、ドライブに連れてったら途中で気持ち悪くなって○○を〇――」


「あーあー、あーあー」


「勇にぃ、うるさい」

「聞こえないです」


「いいんだよ、こんなこと聞かなくて。たっちゃんも余計なことは言わなくていいからな」


「分かった分かった。おっ、そろそろ着くぞ」


 やがて右手に道の駅が見えてきた。



 2


 

 道の駅朝霧高原。


 富士山観光やレジャーに訪れた旅行者が一息つくことのできる憩いの場である。 富士山を西に臨む素晴らしい風景を楽しむことができ、こちら側から見る富士山の特徴的な景観に驚く者は多い。


 週末だから当然、駐車場は混雑しており、空いているところを見つけるのに苦労した。


 車から降りると、牧場の香りが鼻をつく。この辺りにはいくつもの牧場施設があり、放牧もされているのだ。


「なんか富士山、割れてる」


 未夜はしげしげと富士山を眺める。山頂付近からふもとにかけて、抉り取られたような跡があるのだ。


「あれはな、大沢崩れっつーんだよ」


 太一はR34のフロントに軽く腰を預け、煙草をくわえて言った。


「大沢崩れ?」


 紫煙が天に立ち昇る。


「ふー。谷みたいになってんのさ。それよりおちびたち、やることがあるんだろ」


「そうだった」

「電柱を探せ」

「あっち」


 クソガキたちは道路の方へ小走りで向かう。


「おい、待て待て危ねぇって」


 この辺りの道路は歩道もなく、交通量が非常に多いため、歩行者が出ていくのは危険である。


「でも、電柱を見ないと地名が分かりません」


「だったら、道の駅の店員に聞けばいいだろ。ほら、あそこのアイス屋でアイス買うついでに聞こうぜ」


 俺は出店風の売店を指さす。


「アイス」

「アイス」

「アイス」


 魔法の言葉『アイス』によって、クソガキたちはあっさりと方向転換した。正確には売っていたのはソフトクリームだったが、たいして変わらないだろう。


「すいません、聞きたいことがあるんですが」


 朝華は片手にソフトクリーム、もう片方にメモ帳とペンを持ちながら、店員のお姉さんに尋ねる。


「ここはなんていう場所ですか?」


「ここ? ここは道の駅朝霧高原よ」


「あ、そうじゃなくて、えっと」


 助けを求めるように朝華は俺を見る。


「住所を知りたいんです。宿題で調べものをしなくちゃいけなくて。な?」


「はい」


「ああ、そういう。ここはね、静岡県富士宮市根原ねばらの――」


「『根原』! 勇にぃ、アイス持っててください」


「おう」


 朝華は最後の地名をメモに記す。


「あっ、字が分かりません」


「俺が書いてやるよ」


「ありがとうございます」


 こうして、俺たちは全ての地名を手に入れた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る