第8話  未踏の地へ

 1



 そうこうしているうちに俺たちは目的地へ到着した。所要時間はおよそ三〇分程度。


「お寺ですか?」


「いやいや、ここは神社だよ」


 空き地のような空間にぽつねんと佇む小さなお社。このこじんまりとした稲荷神社こそ、地図に記された4の場所だった。


「勇にぃ、読んでください」


 電柱に表示された住所の地名部分を読み上げる。


「ここは阿幸地町あこうじちょうだな」


「あこーじ、ちょう、と」


 朝華がメモをする。


「これであと一つだな……ん?」


「どうした?」


 眞昼が地図を掲げながら。


「勇にぃ、この5の場所ってどうやって行くんだ?」


「ここはなぁ……」


 5の場所は正直、徒歩でいける場所ではなかった。この街の北西に広がる朝霧高原。広い高原には牧場やレジャーの施設が点在し、様々なアウトドアを楽しめるのだが、問題はそこへ行くためには車が必須だということ。


 タクシーは冒険の軍資金俺の小遣いを遥かにオーバーするし、バスは行きこそいいものの、調べてみると帰りの便が午後六時を回らないと出発しない。

 まだ幼いクソガキたちをそんなに遅い時間まで街のはずれに連れ出すのは危険だ。


 さて、どうしたものか。



 2



 俺たちクソガキ冒険隊はいったん拠点へ戻ることにした。


「はい、いらっしゃ……なんだ、お帰りなさい」


 〈ムーンナイトテラス〉の扉を開けたところでちょうど正午の鐘が鳴り始めた。お昼の時間だからか、店内はかなり混雑していた。ちょうど奥のテーブル席が空いていたので、俺たちはそこに落ち着く。


「冒険は終わったの?」


 母が四人分のオレンジジュースを運んできてくれた。


「今から作戦会議なんだ」


 眞昼はそう言ってストローに口をつける。


「作戦会議?」


「問題発生なんです」


 地図を卓上に広げて、朝華は5の場所を指で示す。


「ここに行きたいんですけど」


 朝華の言葉を繋ぐように未夜が、


「車がないといけないんだよ」


 と言った。


「あー、朝霧のところね」


「ちょっと父さん」


 俺はカウンターの奥で忙しそうにしている父に声をかける。車を運転できない俺たちは大人を頼るしかないのだが……


「どうした?」


「あとで、暇になったら……ならないよな、悪い」


 今日は日曜日。店が混雑することは必至だ。仮に父に送ってもらえるとしても、往復で少なくとも一時間はかかるだろうから、母一人で店を切り盛りしてもらうのは酷だろう。


「タクシーは金がかかりすぎるし、バスもあるにはあるんだけど、帰りの便が六時を過ぎないとないんだよ」


 八方ふさがりとはこのことか。


「歩いていけないの?」


 呑気な調子の未夜。


「馬鹿。お前らの足じゃ今日中に帰ってこれなくなるぞ」


「キャンプすればいいじゃん」


「明日学校だろうが」


 あの場所には電車も通っていないし、自転車でも行くことはできない。


「ヒッチハイクすればいいんじゃないか」


 眞昼がとんでもないことを言い出す。


「眞昼ちゃん、ヒッチハイクってなに?」


「こうやって」


 眞昼はお尻を突き出し、サムズアップしてみせる。


「車を捕まえるんだ。成功すると乗せてもらえる。映画でやってた」


「それで捕まる車にはヤベーやつロリコンしか乗ってねーわ」


 あーでもない、こーでもない、と時間だけが過ぎていく。


 その時、呼び鈴の音が響いて入口に見知った人影が現れた。未夜が声を上げる。


「あっ、お父さん」


 そこには未夜の父親である春山太一たいちが立っていた。


 派手な金髪に浅黒く焼けた肌、昔やんちゃしてました感がこれでもか、というほどほとばしっている。どうやら昼食を摂りに来たようだ。


「おい、未夜」


 俺は未夜に尋ねる。


「んー?」


「たっちゃんって今日は休みなのか?」


「うん」


「そうかそうか」


 それはいいことを聞いた。未夜も同じことを考えたようだ。俺たちは互いに顔を見合わせて悪い笑みを浮かべた。


「いらっしゃい、太一くん」


「混んでるっすねぇ」


「おかげさまで。席はあそこでいいかしら」


 母が俺たちの座っているテーブルに太一を案内する。


「おお、おお、なんだおちびちゃんたちお揃いか……なんだ、みんなしてにやにやしやがって」


「ふっふっふ、おじさん。いいところに来たな」

「来てくれました」


 眞昼と朝華は太一の両脇を取り囲む。


「え、え?」


 何も知らない太一は、困惑した顔を作る。


「たっちゃん、いいところに来てくれたぜ」


「な、なんだぁ、いったい」


 乗り物を手に入れて、今まで行けなかった場所へ行く。


 RPGでは定番のイベントだ。



 *



 事の経緯を説明し、俺たちは了解を得た。


「しょうがねぇなぁ、じゃあ、ちょっと待ってろ」


 太一は腰を上げる。


「やったぁ」

「やったぁ」

「やったぁ」


 よし、今の内だ。


「ちょっとトイレ行ってくるぜ」


 俺は太一が表に出て車を準備しているうちに、こっそり自分の部屋へ向かった。


「さて……」


 クローゼットを開ける。


「……」


 何かお宝になりそうなものは、と。俺はクローゼットに上半身を突っ込み、中を漁る。


 本当にあの地図の謎を解くことができて、お宝の在りかを知ることができたとしても肝心のお宝は俺の読みでは残っていない。が、それでは冒険の発案者である朝華の立場がない。

 そうなった場合に備えて、今の内にお宝の代わりになりそうなものを用意しておけばいいのだ。


 お宝を発見する段階になって、俺がこっそりと持参したアイテムをお宝に偽装するのである。


「これは……」


 ビニール袋に入った大量のメダルを発見した。これはたしかポ〇モンのジュースにおまけでついていたものだ。

 宝箱に入った銀貨、というイメージが頭に浮かぶ。


 一瞬、良さそうかもとは思ったが、さすがに描かれているのが現代のキャラクターではいくらクソガキでも騙し通すことはできないだろう。


 もっとこう、アンティークなものでないと。


「うーむ」


 また懐かしいリボルバー銃――無論、玩具である――を発見した。これは火薬を詰めて、実際に発射音を出すことのできる玩具だ。


 伝説の剣がどうたら騒いでいたから伝説の銃、なんてものでも……ダメだな。


「勇にぃ」


 ぱしっ、と俺の尻が叩かれる。


「おわっ」


 クローゼットから顔を出すと、眞昼がいた。


「何やってんだ、もう行くって」


「ああ、悪い悪い。えっと、ほらこれ」


「鉄砲か?」


「そうそう、もし敵が出てきたら、これで倒してやろうと思ってな」


 すると眞昼はふん、と鼻を鳴らして、


「そんなものなくても、悪い奴が出てきたらあたしがぶっ倒してやる」


「あ、そう」


 それは心強いこって。


「ほら行くぞ」


「おお」


 店を出ると、そこにはスカイラインGT-Rが待ち構えていた。


 




 

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