第6話  順風満帆

 1



 3の場所までの道のりはたいしたものではなかった。


 1の場所から東南に進み、十五分ほど歩くと県道180号線へ出た。このゆるい坂道をずっと北へ道なりに進んでいくと、やがて富士山へ通じるのだ。


 3の場所はこの180号線に出る道の手前にあった。細い道ですぐ近くにバッティングセンターがある。未夜は近くの電柱を見上げ、この場所の地名を読み上げようとするが――


「なんて読むの? 三……えんへい?」


 小学一年生には難しいようだ。


三園平みそのだいらだよ」


「みそのだいら、と」


 朝華はしっかりメモを取る。


 こうして難なく3の地の地名を入手した俺たちは、改めて2の場所を目指すことにした。


 坂道を道なりに下っていく。


「あっ、警察署だ」


 眞昼は左手に見える富士宮警察署を指さす。


「警察署の中ってどうなってるんだろうね」


 未夜が言う。


「きっと、きょーあくな犯罪者がいっぱい閉じ込められてるんだ」と眞昼。


「えぇ、怖いよ」


 朝華は俺の手を強く握った。


「大丈夫、もし脱獄してきたらあたしがぶっ倒してやる」


 眞昼はシャドーボクシングのように空に向けて拳を打ち始めた。


「ふっふっふ、実は俺はあの中に入ったことがあるぜ」


「え!? 勇にぃ、逮捕されたことあるの?」


 未夜は豆鉄砲を食ったように目をぱちくりさせる。


「違うわ! 小学校の時に社会科見学で入ったんだよ」


 白バイが走っているところを見せてもらったり、刑事課の見学をさせてもらったりした記憶がある。


「なんだ、そっか」


「おめぇらもあと二、三年したら社会科見学で見学できるんじゃねぇか」


 そんなことを話しながら警察署の前を通る。すると、ちょうど敷地の中にいた警察官と目が合った。ギロリと、まるで獲物を探す猛禽類のような鋭い眼光だ。


「……!」


 全身の肌が粟立ち、心臓の鼓動が早まる。これまで数々の冤罪被害を受けてきたがためか、警察官と目が合うだけで悪さをしてもいない――今までもしていないが――のに緊張感が走った。


 別に、小学生を連れて歩いているだけで、変なことをしてるわけじゃないからな!


「……」


 ドキドキしながら警察署の前を通り過ぎた。よかった、何もなかった。


 こっちのがよっぽど冒険だぜ。


 俺たちクソガキ冒険隊はどんどん南下し、やがて浅間大社の横を通る道まで下りてきた。


 右手の境内の敷地に広がるのは湧玉わくたま池と呼ばれる池だ。この池は富士山の雪解け水が伏流水となって延々と湧き出しているらしい。その水面は清らかで美しく、平成の名水百選にも選ばれているという。


 ここを水源とする神田川は境内に沿うようにして流れており、夏場になると水遊びをする子供たちで溢れかえるのだ。


「えっと、こっちです」


 朝華は東側の路地へ俺たちを導く。少し歩くと、右手に小学校が。


「学校の前のとこがそうです」


 2の場所は小学校の手前を示していた。俺たちはその場所で立ち止まる。


「サッカーしてる」


 眞昼は校庭に目をやった。広い運動場では、ビブスをつけた少年たちがサッカーの練習をしているところだった。ジャージ姿のコーチや保護者らしき人たちもいるところを見るに、少年団のサッカーチームなのだろう。


 砂埃を巻き上げ、必死にボールを追う少年たち。そんな彼らを尻目に、俺たちは元々の目的である地名を調べることにした。電柱に記された住所を読む。


「もと……まち? ここはなんて読むの?」


 未夜が尋ねる。


「ここは『元城町もとしろちょう』だ。昔はな、この辺にお城があったらしいぜ」


「えー!」

「えー!」

「えー!」


 面食らったような顔をするクソガキたち。


「本当にお城があったのか?」


 眞昼は驚きを張り付けたまま周囲を見回す。


「なんでなくなっちゃったんですか?」


 朝華は地名をメモをすることも忘れていた。


「俺も詳しいことは知らないけどな。ここには大宮おおみや城っていう城があったんだ。戦とかも色々あって、燃えてなくなっちまったらしい。だからがあったで、元城町ってわけだ」


「へぇ」

「へぇ」

「へぇ」


 俺の披露したトリビアは3へぇを獲得した。


「ほら、そんなことより朝華、メモをしねぇと」


「あ、そうでした」


 冒険が始まって二時間も経っていない。スマホで時刻を確認すると、午前十時四〇分だ。それなのにもう3つの地名を入手することができた。


『宮原』


『三園平』


『元城町』


 残る地名は二つ。俺たちの冒険は順調だ。




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