第5話 其の名を記す
1
地図上では交差点にある消防署のマークの横に1という数字がある。道路を挟んで消防署の向かい側までやってくると、クソガキたちは達成感に満ちた顔つきになった。
どこにでもあるただの交差点なのに、ここを目指してきたのだと思うといつもと少し風景も違って見えるな。
「到着ぅ!」
「ここであってるよな、朝華」
「うん、ここが1の場所」
〈ムーンナイトテラス〉からここまで、距離にして2㎞ちょいといったところか。
「で、なにするんだっけ」
未夜は俺を見上げる。
「『其の名を記せ』ってあるだろ? だから、ここの地名をメモすればいいんじゃねぇか?」
「地名かぁ……」
「あたし、ここ初めて来た」
「ここはなんていうとこなんでしょう」
「ここはみ――」
言いかけて、俺は慌てて口を噤んだ。大人の俺はもちろんこの辺りの地区名を知っている。自分の住んでいる街なのだから当たり前だ。が、子供はそうではないだろう。
最初に引っかかったことだが、わざわざその場所に出向かなくとも、だいたいのあたりをつけることができれば地名なんてものはすぐに分かるものだ。
が、それはあくまでそれは大人の視点の話。自分の住んでいる地域ならまだしも、簡略的な地図を見て、ぱっと地名が頭に浮かぶ子供はそうはいないはず。
だから自分の足で1から5までの地を巡る必要があるし、この地図の制作者もそれを想定しているのだろう。
つまり、俺がここでこいつらに地名を教えてしまっては何の意味もないのだ。
「こういう時は、電柱とかを見るといいぞ。その場所の住所が載ってるからな」
「へぇ」
「へぇ」
「へぇ」
クソガキたちは近くにあった電柱を取り囲む。
「えっと、
眞昼が読み上げる。
「で、読み方合ってる? 勇にぃ」
「おう、合ってるぞ」
「くっくっく、みやだって」
「字が違うもーん」
しょうもないやり取りを未夜と眞昼がする横で、朝華はメモ帳と鉛筆を取り出していた。さすがに地図に直接メモするのは躊躇するようだ。
「1の場所、書きました」
「よしよし、それにしても決められた場所を順番に巡る冒険なんて、なんかマ〇ーみてぇだな」
「マ〇ーってなんですか?」
「昔のゲームだよ。ほら、いつも俺がス〇ブラで使う――」
1の場所『
2
「よーし、じゃあ次は2の場所だね」
未夜は朝華に体を寄せて地図を覗き込み、眉間にしわを寄せる。
「……んー、これさぁ」
「どうした未夜」
眞昼も朝華の横に行き、二人で朝華を挟む形になった。
「これさ、2の場所に行くよりも、ほらっ、3の方が近くない?」
「本当だ」
たしかに、2の場所は浅間大社の東側のエリアにあり、ここから向かうなら一度来た道を引き返して、商店街を東に抜けなくてはいけない。
3の場所は2の場所の北側にあり、さらに今俺たちがいる1の場所のすぐ近くなのだ。順番通り2から向かうと、3に行く際にまた坂を登らなくてはいけなくなる上に遠回りなのだ。
「先に3に行って、そのまま下に行けばすぐに2じゃん」
「おいおい、順番通りじゃないと駄目なんじゃないか?」
俺がそう言うと、眞昼は顔を上げて、
「でもそんなこと書いてないぞ」
「『五つの地を巡り』ってだけで、五つの地を順番に巡り、なんて書いてないですよ」
「たしかに……」
やるべきことは五つの地名を手に入れることであって、どこから手を付けても結果は変わらない。ならば、無駄な時間はかけずにスムーズに進行するのがベストか。
「じゃあ、先に3を目指すか」
「おー」
「おー」
「おー」
ミステリ隊長未夜の機転で、俺たちは次なる目的地を3の場所と定めたのであった。
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