第4話  一つ目の地へ!

 1



「三人とも、麦茶持ってきなさい」


 母がペットボトルの麦茶をクソガキたちに手渡す。


「ありがとう」

「ありがとう」

「ありがとう」


「勇、ちゃんと三人を見てるお守りするのよ」


「分かってるよ」


「おばさん、絶対お宝見つけるからね」


 未夜はぐっと拳を握ってみせる。


「うん、頑張ってねー」


 準備は万端。外へ出ると、心地いい風が吹きつけてきた。青い空に浮かぶ大きな雲を目がけて、一羽のカラスが駆けていく。冒険の幕開けとしてはこれ以上ないほどの上天気だ。


「よし、じゃあ行くよ」


 未夜は声を張り上げる。


「あっ、待った。未夜」


 眞昼が焦りを浮かべた表情で言った。


「なに?」


「大事なことを忘れてた」


 一同の目が眞昼に向く。


「なんだよいったい」


「まだ隊長を決めてないぞ」


「隊長だぁ?」


「そういえば」

「決めてなかった」


 未夜と朝華の声が重なる。


「そんなことどうでもいいだろうが」


「よくない! 冒険は隊長がいないと始まらないんだ」


「じゃあ、私が隊長でいい?」


 未夜が誰にともなく言う。


「あたしもやりたい」


「私だって」


 そうしてクソガキたちは誰が隊長になるのかで揉め始めた。懐かしい某映画のワンシーンのようだ。誰が隊長かなんて、どうでもいいだろうに。


 開始早々先行きが不安になるぜ。


 俺はその映画と同じ解決法をダメもとで試みてみる。


「待て待て、じゃあこうしよう。未夜は昨日見事な推理を披露したからミステリ隊長、眞昼は戦い専門のバトル隊長、朝華はこの地図で隊を導くガイド隊長ってことで」


「三人全員隊長かぁ」

「いいんじゃないか」

「いいアイデアです」


 通るんかい……


「そして俺は隊長たちをまとめる司令塔、つまりボス――」


「全員隊長になると部下がいなくなるから、勇にぃは部下ね」


 未夜はさらっと言った。


「なんだと」


「よし、隊長も決まったことだし行こう。朝華、地図見せて」


「うん」


「ここが浅間さんだから、1の場所は――」


 線路のことは後回しにし、俺たちはまず地図上の五つの地を巡ることにした。


「よーし、行くぞー」


「おー」

「おー」


 時刻は午前九時ちょうど。こうして俺たちの冒険は始まった。



 2



 商店街を東に抜けて、大月線と呼ばれる道路をずっと北へ上っていく。


「ここが勇にぃの通っている学校ですよね」


 朝華は地図上のある一点を指さす。簡略的に描かれており、建物などは主要なものしか記されていない地図だが、俺の通っている高校は全国でも屈指の敷地面積を誇るため、大きく地図上に記されていた。


「そうそう。もうちょっと上まで歩くかな」


 目指す1の場所は、俺の高校の近くである。


 だらだらと続く長い坂を上りつめ、やがて右手に高校が。


「けっこう歩いたな」


 時刻は午前九時四〇分。


「ここが勇にぃの学校か」


 眞昼は校門の前に立ち、物珍しそうにきょろきょろと視線を移ろわせた。


「1はもうちょっと先ですね」


 朝華は地図に目を落とす。


 目指すべき地はこの少し先にある。


「おーい」


 さらに北へ向かおうと歩き出した俺たちの背中に、知っている声が投げかけられた。振り返ると、そこには同級生の下村しもむらひかりが自転車をこぎながらこちらへ向かってきているところだった。


 艶のある黒髪によく日焼けした小麦色の肌、そしてすらっと引き締まったスレンダーボディ、学園のマドンナ的存在である。テニスウェアに身を包んでいるところを見るに、これから部活だろうか。


 夏の大会も終わってすでに引退済みではあるが、聞いた話ではちょこちょこ練習の手伝いをしているという。


「おちびちゃんたちもお揃いでどうしたの?」


「ふふふ、冒険の途中だ!」


 眞昼は腰に手を当て、得意げに胸を反らす。


「……冒険?」


 光は首を傾げた。その反応は正常である。


「お宝を探してるんです」


 朝華が地図を光に見せた。


「へぇ、よくできてるねぇ。有月くんが?」


 言って光はちらっと俺の方を見た。俺がクソガキたちのためにこの地図を作り、宝探しの遊びを計画したと思ったのだろうか。


「違う違う。さすがにそこまで手の込んだことはしねぇよ」


「朝華の家にあったんだよ」と未夜が言う。


「へぇ、朝華ちゃんちに」


「光も冒険隊に入るか?」


 眞昼が尋ねる。


「ごめんねぇ、今日はこれから部活の手伝いがあるんだ」


 光は申し訳なさそうに手を合わせた。


「部活があるんじゃあしょうがねぇよな」


 冒険には出会いと別れが付き物である。光と別れ、俺たちは改めて歩みを再開した。




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