第2話 ぼうけんたい結成!
1
翌日。朝華は例の地図をカバンに忍ばせ、家を出た。
時刻は八時過ぎ。
爽やかな秋の風が背後の山から下りてくる。まるで朝華の背中を後押ししているかのように。
(皆、びっくりするだろうな)
「おーい、朝華」
「っ!」
父の声が聞こえ、朝華は背筋を伸ばす。
「は、はい」
地図を勝手に持ち出したことがバレてしまったのだろうか。ドキドキと心音が鼓動を強める。
振り返ると、父が車の前に立っていた。
「遊びに行くなら送ってあげようか?」
「だ、大丈夫です」
「そうかい」
地図のことではなかったので、朝華はほっと胸を撫で下ろした。気を取り直して歩みを再開する。
まず向かったのは
「朝華、おはよー!」
「おはよう、眞昼ちゃん」
龍石眞昼は黒髪ショートカットの元気娘。白いTシャツにデニムの短パンといった男の子のような服装で、左手首には黒いリストバンドが巻かれている。
「早いな、今日は」
「ふふん、実はね」
と、朝華は肩から下げたカバンから例の地図を大儀そうに取り出してみせる。
「えっ!?」
眞昼はぎょっとした表情を作ると、その地図に飛びついた。
「えええ、な、何これェ!」
予想通りの反応に、朝華は嬉しくなる。
「すごいでしょ。家の中で見つけたの」
「朝華んちの?」
「そうだよ」
「こ、これって、もしかして――」
眞昼は興奮を隠せないようだ。頬は真っ赤に染まり、わなわなと体がうずいている。
「宝の地図か?」
「分かんないけど、きっとたぶんそうだよ」
「うおおおお、すげー」
両手で地図を持ち、頭の上に掲げながら眞昼はくるくる回る。
「よし、勇にぃと未夜にも見せてやろうぜ」
「うん」
そして二人は肩を並べて歩き出す。
「もしこれがほんとに宝の地図だったら、トレジャーハンターできるな」
「そうだね。これが富士山ってことかな」
「ってことはこの地図、この街の地図なのか」
やがて彼女たちは
眞昼がインターホンを押すと、ややあって春山
「あら、二人とも。早いわね」
「おはよーございます」
「おはよーございます」
「はい、おはよう。未夜ー、眞昼ちゃんと朝華ちゃん来たよー」
未来が声を投げる。
「うんー!」
返事から数秒経ち、未来の横から未夜が飛び出してきた。
「お待たせ―っ!」
母親と同じ栗色のセミロング。ピンク色のTシャツには女児向けアニメのイラストがプリントされており、デニム生地のスカートをはいている。
「こら、未夜。ちゃんとおはようって言いなさい」
「あっ、おはよう」
「おはよー」
「おはよー」
「未夜、朝華がすごいものを見つけてきたぞ」
「すごいもの?」
朝華は得意げに例の地図を未夜に見せた。
「えぇーっ、なにこの地図!」
「宝の地図だ」と眞昼。
「宝の……地図」
宝の地図という言葉の持つ独特のロマンは、子供たちの好奇心を刺激するには十分すぎた。
未夜は目を輝かせ、その地図に見入っていた。
「勇にぃにも見せよう」
そうして三人は春山家の隣にある喫茶店、〈ムーンナイトテラス〉へ足を向けた。
2
「ふわぁ」
いい朝だ。
窓から差し込む朝日に導かれて俺はベランダに出た。全身に朝の日射しを受け、ぐっと体を伸ばす。静寂で清らかな空気を肺一杯に吸い込む。寝起きの重たい体に光と酸素が沁み込んでいくのが気持ちいい。
手すりに寄りかかりながら空を見上げると、ぼんやりとした雲がまばらに浮かんでいた。そこから少し視線を下げると、電線の上で横並びになった雀たちと目が合う。
俺――
そんな俺が平凡ではない点を一つだけ挙げるとすれば――
「あっ、勇にぃ」
真下から聞き慣れた声が耳に届いた。
見ると、店の前に三人の女児がいた。
「おう、おめぇら」
やれやれ、今日もあいつらの相手をしなくてはいけないようだ。
幸か不幸か、俺の日常は三匹のクソガキによって支配されているのだ。
*
――〈ムーンナイトテラス〉の店内、窓際のテーブル席を俺と三人のクソガキが囲んでいる。
今日はやけにクソガキたちのテンションが高い――基本的にいつも高めだが――と思ったら、話を聞くに、なんと源道寺家で宝の地図を見つけてきたというのだ。
「で、これがその地図です」
朝華はテーブルの上に紙を広げた。大きさは画用紙サイズで、汚れやくすみなどが目立ち、かなり古いものだと思われる。二つ折りにされていたために、中央にくっきりと跡が残っていた。
「ほぉ」
なるほど、たしかに地図らしきもの筆と墨で書かれており、なかなか味がある。
左上には方位記号、そして左上には大きな山が。どうやらこれは富士山のようだ。地図の中央部分には簡易的な街が描かれており、富士山と合わせて考えるに、もしかしてこれは……
「この街の地図かぁ!?」
「そうです!」
朝華は嬉しそうに身を乗り出す。
「宝探しだよ!」と未夜。
「トレジャーハンターだ!」と眞昼。
「お前ら、昨日は散々探偵ごっこで遊んだくせに」
子供は興味の移り変わりが早いというが、こいつらは日をまたぐたびに興味がリセットされている気がする。
昨日は探偵ごっこをやりたいと言い出したので、一芝居打って事件を解決するところまでやらせてあげたのに、もう次の遊びに夢中になっているのだ。
「で、お前ら、今日はこの宝を探しに行くつもりか?」
「当然だ」
眞昼は声を張り上げる。
「お宝を探すぼうけんたいを作るんだ!」
「ぼうけんたいねぇ」
とある懸念を抱えつつ、俺は古ぼけた地図に目を落とした。
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