新たな信念

 突如響いた制止の声に、尚希が不思議そうな顔でユーリの腕を離す。

 ユーリは服のすそを整えると、尚希と同じく不思議そうな実に向かい合った。



「実。君に、伝えたいことがあるんだ。」



 実の目をまっすぐに見つめ、ユーリは一度頭を下げる。



「島でのこと、色々と失礼なことばかりしてすまなかった。それと、本当にありがとう。君と会えたおかげで、僕は自分の目が曇っていることに気付くことができた。島にいるだけじゃできなかった経験をすることができた。そして、この目と上手く付き合っていく方法も見つかりそうだ。感謝してもしきれないよ。」



 一言一句を丁寧につむぎながら、ユーリは穏やかに微笑む。



「僕は、今の自分の方がずっと好きだよ。これからたくさんの経験を積んで、もっと自分のことを好きだと言えるようになろうと思う。どのくらい時間がかかるか分からないけど、実の隣に並び立てるくらいに強くなれたら、その時にまた会いに行くよ。」



「え……ええ…?」



 ユーリがどうしてこんなことを言い出すのか分からず、実は大いに戸惑った。



「え、どうしたの…? 尚希さんのとこで働くなら、いつでも会えるじゃん。そんな、まるでしばらくは会えないみたいに言わなくても……」



「もちろん、実から会いに来てくれるのは大歓迎だ。でも、僕から実に会いに行くのは、それ相応の覚悟と実力を備えた時にする。そう決めてるんだ。」



「なんでまた……」



「それが、僕のやりたいことだから。」



「………?」



 だめだ。

 話の輪郭がさっぱり分からない。



 実は困り果ててしまう。



「実。君は―――僕が、セツ以上に支えたいと思った人なんだよ。」



 眉を下げて反応に困っている実に、ユーリはそう断言した。

 そして告げる。





「だから、次に会いに行ったその時には―――実と、実が創る未来を支えさせてくれ。」





 柔らかく微笑んだユーリは、とても満ち足りたように幸せそうな顔をしていた。



「ええぇーっ!! 実に引き抜かれるの確定!?」



 尚希が場の空気を無視して、驚愕の声をあげる。



「いや、未来はまだ分かりませんよ? もしかしたら、あなたの元で働き続けるかもしれないじゃないですか。」



「実になんか、勝てるわけねーじゃん!」



「じゃあ、さっきの話はなかったことにしますか?」



「待った! それは困る! 今は本気で人が足りなくて、選り好みしてる場合じゃないんだって!! かといってオレの立場上、一定の能力持った人じゃないと雇えないし。頼む! 実のとこに行くまでの間でいいから、オレを助けてくれ!!」



「あはは。これは、給料の交渉が楽しみです。」



「こいつ、意外にしたたかだ!!」



「今さら気付いたんですか? これでも、島一番の弓の名手だって自覚はあるんですよ?」



 尚希とテンポのいい掛け合いをしながら、ユーリは楽しそうに笑う。



 一方、それまで空気のように気配を殺していた拓也は、ユーリの実への発言を聞いてから面白くなさそうにふてくされている。



 そんな周囲の様子を見回しながら……



(あれ? もしかしなくても俺、何かとんでもないことをやっちゃった!?)



 自分のどんな言動がこの状況を引き起こしたのかは分からないまま、実はその事実だけを把握して目を白黒させていた。


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