希望を繋ぐ提案

 数秒の沈黙。

 その後。



「そっか……」



 実はようやく、ユーリの気持ちを受け入れる。



 これ以上の詮索は、ユーリを否定することになる。

 なんとなく、そう思えたからだ。



「これから、どうするの?」

「そうだな……」



 話題を変えると、ユーリは悩むように視線を虚空へと泳がせた。



「しばらくは、旅をして色んな所を回りたいと思ってる。どうやら僕の視界は狭すぎるようだから、色んなものを見て、色んなものに触れて、色んなことを知っていきたい。ずっと島暮らしだったから、大陸の方でどう暮らせるかは想像もつかないんだけど……残り短い命だ。最後の時間は、好きなように生きるさ。」



 残り短い命。

 それを聞いて、ユーリが思い切りのいい理由の一端が分かってしまった。



 過去や故郷を惜しむくらいなら、残り短い時間を悔いなく生き抜くために前を向こう。

 ユーリの根底には、少なからずそういう悲しい決意があるのだろう。



「割り込み失礼。」



 実が言葉を失ってしまったその時、まるで実を助けるかのようなタイミングで、実の隣に並んだ尚希が口を挟んだ。



「そういうことなら提案。ユーリ君、オレのとこで働くつもりない?」

「えっ?」



 予想外の展開に、ユーリと実は揃って目を丸くした。



じつはオレ、物流関係の仕事をしてるんだけど、事業拡大中で人手不足でさ。君の腕なら信用できるし、ここは一つ、運送馬車の護衛とかを任せられないかな? こっちでの住居は保証するし、仕事に見合った報酬も約束する。行き先は日によって違うから、働きながら旅みたいなこともできて一石二鳥だと思うんだけど、どう?」



「えっと……」



 突然のことに、すぐには答えを返せないユーリ。

 そんなユーリに、尚希は大袈裟な仕草で目を大きくする。



「あら、信用できない? こう見えてオレ、そこそこの権力者なんだけど。」

「いや…。それはこの船を見れば、なんとなく分かりますが……」



 豪華な内装の室内を見渡し、ユーリは言葉を濁らせる。



「尚希さん、いいんですか?」



 きっとユーリが訊きたくても訊けないだろうことを、実が代わりに訊ねる。

 すると、尚希はちっちっちっと指を振った。



「誤解するなよ。これは、あくまでもビジネスの話。ユーリ君の能力がオレの要求を満たしているからこその提案なの。だから、ユーリ君も遠慮せずにこの話を買ってくれると嬉しいな。給料の交渉は、また別の機会にじっくりとってことで。まあ、ニューヴェルに着くまでの間、じっくり考えてみてよ。」



「は、はあ……」



「……で、ここからは単なるお節介の話なんだけど。」



 戸惑うユーリには構わず話を進めた尚希は、ユーリの目を指差した。



「君のその目、オレのかかりつけの病院で一度てもらわない? アズバドルは魔力や魔法に強い国だし、あの病院は魔力系の疾病に関する研究も盛んだ。特化型の能力を消すことはできないけど、その目を使うことで受けるダメージを減らしたり、今まで蓄積したダメージを癒すことはできると思う。せっかく島を出るなら、今思ってる以上に長く生きることも考えてみないか?」



「尚希さん、いいんですか!?」



 実は思わず、尚希に飛びついた。



 見開かれた薄茶色の双眸に揺れる大きな期待に、尚希はにこやかに笑みを深めて何度も頷いた。



「ああ。ニューヴェルなら、各地から色んな技術が集まってくる。何かしらの治療法があるだろう。オレもちゃんと口添えしてやる。ただその分、ユーリ君の能力を研究させてもらうことにはなるだろうけど、院長たちに守秘義務を徹底させるから心配しなくていいよ。」



「本当に!? 本当にですよ!? 俺、ちゃんと聞きましたからね!?」



「おう。不安なら、録音でもしとけ。」



「ユーリ、聞いた!? 死なずに済むかもしれないって!! 俺、ほっとしたよー。本当によかったぁ……」



 実はユーリの両手を掴み、嬉々とした様子でその手をぶんぶんと上下に振る。



 それまで茫然としていたユーリだったが、あまりにも喜ぶ実の姿に動揺がやわらいだらしく……



「なんで、僕より実が喜ぶんだよ。」



 そう言って苦笑し、尚希へと目を向けた。



「あなたもずるい人だ。その二段構えの提案もそうですけど、こんな実を見せられたら、断りようがないじゃないですか。」



「あはは、ばれたか。ま、それだけ君の弓の腕を買ってると思ってくれ。」



「なるほど。」



 悪戯いたずらっぽく舌を出す尚希に、ユーリはくすりと笑って肩をすくめた。



「分かりました。その話、乗らせてください。僕もやりたいことがあるので、できればまだ死にたくはないんです。」



「よしきた。さっそくカルノに電話してくる! ついでに院長にも電話するから、ちょっと一緒に来てもらえるかな? 多分、電話で軽く話を聞かれるから。」



 尚希は上機嫌で手を打つと、ユーリの腕を引っ張って部屋を出ようとする。



「あ、ちょっと待ってください!」



 その時、ユーリが慌てて尚希を止めた。


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